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儲ける脳のつくり方

満足しているのにリピートしない事例

こんにちは

岡田です。

 

先日、とあるやや高いモノを

買いに行きました。

僕はどんな買い物をする時にも

そこのお店の販売に対する姿勢を

仕事柄どうしても見てしまいます。

 

ちなみに今回、

そのお店の店員さんの対応は

結果から言うとやや残念でした。

 

悪くはなかったのですが

僕に対して好みや希望を

聞いてくれるところまでは

良かったのですが

僕の言う全てに対して

 

「いいですね〜」

「それもいいと思います。」

 

と基本的にノーは言わないのです。

 

確かにお客さんに対して

ノーを言うことは

リスクがあるので

言わないで済むなら

言わないほうが良いです。

 

しかしそれがあまりに続くと

プロとしての店員さんの

存在意義がありません。

 

プロらしい提案も何もないなら
ネットで安く買うのに・・・

 

と思ってしまいます。

 

僕がお店に行って

店員さんに色々プロとしての

アドバイスを求めているのに

あくまで買うのはお客さんだから

お客さんの求めるがままに・・・

というスタンスをされると

それは僕の意見を尊重しているようで

実はとても突き放された感じを

受けてしまうのです。

 

もし本当に僕の言う言葉が

プロとしても同意見だと言うなら

それならそうであることを

明確に伝えた方が良いのでは?

と思うのです。

 

できればそう思う理由も

添えてもらえればなお良いかなと。

 

僕は今回の買い物で

得られた感情は

 

自分の好きなものを

買えた満足感は

大いにありました。

 

でもそこのお店じゃなくても

良かったかなという思いも

同時に感じました。

 

これはせっかく満足しているのに

リピーターにならないということです。

 

相手の主張を立てながら

プロとしてのアドバイスを

忘れない。

 

そんな販売スタイルを

我々販売に携わる人間は

普段の営業トークの中で

磨く必要があると思います。

身軽であれ

こんにちは

岡田です。

 

毎月第一火曜日に

開催させてもらっている

営業トーク構築セミナーが

前回4月3日で70回を迎えました。

第0回から始まりまして

0.1ずつ進んでいるので

第6.9回で実質70回になります。

 

ここまで続けることができたのも

ひとえに参加してくださる方

応援してくださる方のおかげです。

いつもありがとうございます。

 

前回は

「追加注文をもらって客単価を上げる方法」

というタイトルで

開催させていただきました。

http://okada-koji.com/seminars/cat333/69.html

 

セミナー中で話した事例が良かったのか

感想でかなり高評価をいただきました。

 

さらに嬉しいことに

翌日から立て続けに

成功事例のご報告をいただきました。

 

先週のブログの記事にも書きましたが

本当にやるかやらないかだけの話です。

http://okada-koji.com/blog/cat379/post_366.html

 

頭で理解していても

なかなかできない人が多い。

そしてそれもわかっているのに

一歩を踏み出せない人がいる中で

愚痴や文句ばかり言っている人が

多いのも事実です。

 

本当に習慣というものは不思議で

良い習慣はすぐに崩壊し、

悪しき習慣はなかなか崩壊しません。

 

その典型的な例が

ここ数日騒がれている相撲業界です。

 

ご存知だと思いますが

一応問題になっているニュースを

簡単に説明します。

 

京都府舞鶴市で行われた

大相撲舞鶴場所で土俵の上で

挨拶をしていた多々見市長が

くも膜下出血で倒れました。

 

観客の中にいた女性看護師が

急いで駆け寄り

心臓マッサージをしました。

その女性たちに対して

土俵から降りてくださいと

会場でアナウンスが流れました。
アナウンスだけでなく
土俵の上でも行司などに
降りるように指示されたとのこと。

理由は土俵は女人禁制であるからです。

市長は病院に救急車で運ばれ

一命をとりとめたらしいのですが

その女性の勇気ある行動がなかったら

果たして助かったのだろうか?

と思うとゾッとします。

  

人の命より重要な

歴史とか伝統って

価値があるのでしょうか?

 

僕が言いたいのは

もしその歴史や伝統を

重んじたいのであれば

それが守られるための

準備や練習を怠るなということです。

頭でわかってるだけでなく

口で言うだけでなく

今まで準備や練習をやってたのか?と。

もちろん世の中に完璧はありません。

であるからこそ完璧でなかった時の

柔軟な対応、言葉を変えると

スピードがモノを言うのです。

 

ニュースの映像を見る限り

倒れた市長の近くにいた

男性たちは呆然と立ち尽くすか

オロオロしているだけでした。

 

新しいことにチャレンジすると

色々な不都合が必ず生じます。

不都合とわかっていても

古いものに縛られているせいで

その古くから伝わるもの

伝統そのものが
崩壊の危機に迫られます。

 

事実、相撲協会は今

存亡の危機と言っても

過言ではないと思います。

 

新しいものを受け入れるにせよ

古くからのものを守るにせよ

頭で理解するだけでなく

行動に移さなければ

意味がありません。

 

その証拠に今回の件で

誰よりも早く行動に移した

看護師さんを責める人はいません。

 

もしかしたら

いるかもしれないですけど

それを責める人は他の人に

100倍責められることでしょう。

 

「だったらあなたは土俵に

 誰よりも早く駆け寄って

 心臓マッサージをしたのか?」

 

と言われて終わりです。

いや、その場にいなかったから・・・

とか何の理由にもなりません。

 

セミナーを受けていただいて

「いい!」

と理解していただけたら

それをすぐに実行に移す。

行動に移した人だけが

今までと違う結果に

たどり着けるのです。

やった人だけが

受けられる恩恵なのです。

 

このセミナーもまだ

たかだか70回だけしかやっておらず

歴史と言うにはおこがましいですが

それでも自分なりの歴史は
感じております。

それがゆえに何かに固執することなく

「いい!」と思ったことを素早く

行動に移していきたいと思います。

すぐに人助けができない人の共通点

こんにちは

岡田です。

普段の生活の中で

「助けて下さい!助けて下さい!」

と言われたことがありますか?

先日、駅の近くを車で走っていたら

話をしているような男性二人が

視界に入ってきました。

一人は歩道に座り込んでいて

もう一人は中腰でした。

明らかに普通に話をしている

感じではなかったので

スピードを落としてよく見たら

一人の男性は血まみれでした。

ケンカかなにかしているのかな?

とも思いましたが

とにかく急いで車を道路の端に停めて

近づいて行きましたら

血まみれの男性は

80歳くらいのお爺さんでした。

スーツを着ていたので
車の中からはお爺さんと

わかりませんでした。

もう一人の男性は

僕が車を停めているうちに

姿が見えなくなっていました。

理由はなんだかわかりませんが

「大丈夫?救急車呼んだ?」

と訪ねたところ

「いえ。助けて下さい。助けて下さい。」

と鼻から血を垂らしながら

明らかに震えた声で 動揺していました。

鼻から血というとなんとなく

血が「たらーん」と垂れてくる

イメージがありますが

今回の場合、

「たらーん」どころか

「ポタポタ」も取りすぎて

「蛇口から出る水」
のようでした。

僕はすぐに救急車を呼びました。

その時、最初に車の中から見た

もう一人の男性が遠くから

走って戻ってきました。

僕はその男性に

「僕、今、119番しちゃったんですけど、
 すでに電話してました?」

と訪ねたところ

「いや、まだだけど、今、

 あっちで助けを呼びに行ってきた!」

と戻ってきた方角を指差しました。

すると女性が運転した軽自動車が

窓を開けた状態で近づいてきました。

「あの女性に助けを頼んだんだ!」

とその男性が言うと同時に

その女性がドライバーが

「今、急いで車を停めますね!」

と運転しながら僕に叫びました。

僕は

「もう救急車は呼んだので

 焦らなくても大丈夫ですよ!」

と言って安心してもらいました。

それから救急車が到達するまで
そこにいるみんなで止血を試みながら
よくよく話を聞いてみると

そのお爺さんは

理由はわからないですが

歩いていて突然倒れて

鼻を地面に打ち

鼻血が止まらなくなったそうです。

お爺さんが倒れた時、
通りがかった男性が

お爺さんに事情を聞いてる姿を
僕が車の中から見たようで、

僕が車を停めてる間に

助けを呼びに行ってたみたいです。

お爺さんは救急車が到着する間も

かなり動揺していて、

持っていた折りたたみ式の

古いガラケーを


カチャッ、パタン、カチャッ、パタン


と 開けたり閉めたりしていました。

「おい、携帯電話持ってるじゃねーか!」

と心の中で一人でツッコミを入れたものの

「まぁ、当事者は動揺して自分で救急車は呼べないよな」

と勝手に一人で納得しました。

助けを呼びに行った男性が

「いやー焦ったよー!
 血まみれの爺さんが倒れてるんだもん!」

と、若干興奮気味に

僕やその女性に話しかけてきました。
興奮冷めやらぬ状態で

「俺、この辺に住んでる者なんだけど
 町内会長さん呼んだ方がいいかな?」

と言ってきました。

「ん?」

町内会長さん呼んでどうするの?
と思い

「呼ばなくても大丈夫だと思いますけど。」

と言おうとしたら すでにスマホで
町内会長さんに電話をしていました。

町内会長さんに電話・・・?

「おい!携帯電話持ってるじゃねーか!」

と静かにツッコミを入れたくなりました。

なぜ自分で救急車を呼ばずに
遠くの、しかも運転している女性に
助けを求めたのか・・・?

そして周りを見れば
そこは駅の近くで
人通りも多いのです。

僕が車を停めて
そのお爺さんに
近づくまでに何人もそこを
素通りしていましたし
恐らくですがその素通りした人の
ほとんどが携帯電話を
持っていたと思います。

多くの大人は
困った人がいたら助ける
ということは小学校で習ったはずですし
救急車を呼ぶには

電話で119を押せばいい
ということも頭では理解しているはずです。

でも誰もしなかった。
走って助けを呼びに行く方が
体力的にもよほど大変です。

一番困っている当事者ですら
携帯電話をもっているのに
電話をしなかった。

いったいこの現象は何なのか?

救急車を待っている間に
ある一つの仮定にたどり着きました。
それが正解かどうかはわかりませんが

恐らく・・・

僕が救急車を呼べたのは
過去に何度も救急車を呼んだことが
あるからかもしれません。
つまり経験したことがあるかどうか。

そんなバカな!
いくらなんでも他に理由があるだろ?

と思うかもしれませんが
不思議なくらい
他に理由が見つからないのです。

頭では理解しているはずなのに
しかも大の大人が
救急車を呼ぶ行為に時間がかかり
そこには得体のしれないハードルが
あるようなのです。

全く、全く何の自慢にもなりませんが
僕はなぜか救急車を呼ぶ場面に
出くわすことが多くて
過去に救急車を呼んだ回数は
10回以上あると思います。
20回はないかな。

それくらいのうろ覚え程度ですが
たぶん多い方だと思います。

そして振り返ると確かに過去、
救急車を呼んだ時も
僕がその場にいなくて
後から近づいてみたら
誰も救急車を呼んでなくて
僕が電話をかけたケースが
多かったです。

過去、救急車を呼んだその場面でも
その場にいた人たちは
救急車が来るまでの間は
とても協力的で皆、親切で
悪い人など誰もいなかったです。 

そこにいる誰しもが

目の前の困っている人を

なんとかしてあげたい気持ちは

持っていました。

でも救急車を呼ぶまでは
ハードルがあり、
時間がかかるのです。

地震や火災などの
防災訓練も必要ですが
「救急車を呼ぶ」などの
頭では理解しているけど
実際の現場に居合わせると
なかなかできないこと

というのは練習が必要なのかもしれません。

一度経験しておくだけでも
かなり違うと思います。

ここからは・・・
かなり強引ですが・・・^^;

どうやったら売れるか?
どう話をしたら売れるか?
どういう営業活動がいいのか?

頭では理解していても
実際にやらなければ
今までと変わらないです。

どんなに勉強しても
どんなに「良い」情報を集めても
練習しなければ
現場においては
しどろもどろになってしまい、

結局、今までと同じことを
繰り返しているだけでは
同じ結果を導くだけなのです。

そして残念ながら
そうなりがちなのが人間です。

営業活動も実は人助けです。

情報過多のこの時代には

釈迦に説法ですが

事実そうだと思います。

何かに困っていることを

解決するのが商品やサービスであり

それを勧めること(営業活動)は

困っている人を助けることに

なるのです。

頭で理解していても
いつまでも結果が出ない方は
その「良い」と理解していることを
とにかく練習してみてください。

僕が営業のコンサルタントとして

多くの人を見てきて
とにかく練習してない人が
あまりに多いです。
いやほとんどがそうです。

とにかく練習しない。
理解だけはしている。
営業や販売という世界において
僕はそんなに甘い世界ではないと
思っています。

簡単にモノやサービスが売れますか?

そういう人は必要ありません。

でも多くの人は違うと思います。

だから僕は練習できる場を

提供したいのです。

練習できる場はここです。
学んだことを試せる場はここです。

https://www.facebook.com/events/1928340600813879/

自分が今まで

売れるようになるために

学んできたことを

どれくらい話せ「ない」かを

ぜひ体験してみてください。

びっくりするくらい抵抗があり

思うように話せないと思います。

そしてその練習すらも

行けばいいのはわかっているけど

なかなか踏み出せないと思います。

僕は本気でビジネスをしているなら
多くの人に売れるように

なってもらいたい。
心からそう思っています。

なぜなら営業活動は

人助けそのものだから。

行動に移せる人だけが
自分の理想に近づけると
信じています。


もし誰かの役に立ちたい!

怪我や病気で緊急に困っている人がいたら

何となく慣れ親しんだことを

やっているのではなく

「すぐに」、そして「実際に」

救急車を呼べる人間が

多くなることを願っております。

ぜひお越しください。
https://www.facebook.com/events/1928340600813879/

時間がない・お金がない人に気持よく買ってもらう

こんにちは

岡田です。

 

先日、本当に久し振りに

スマホを買い換えました。

 

周りの人たちからも

「まだこれ使ってるんですか?」

と言われ続けていました。

買い換えなかった理由は

ものすごくシンプルで

買い換える必要がなかったからです。

 

しかしここ1週間ほどで

まず充電する端子の部分の

接続が怪しくなってきて

充電できていると思ったら

できていなかったり

なぜかfacebookの

メッセンジャー機能のところで

文字を入力すると

すぐにアプリが落ちてしまう

現象が頻繁に起こり、

何をしても直らなかったからです。

 

そしてもうひとつ

変えたくない理由がありました。

それは携帯ショップで

ものすごく待たされた経験が

過去に何度もあったからです。

 

30分くらいまでなら

なんとか我慢できますが

1時間以上待たされると

結構本気で帰りたくなります。

 

順番を待たされた上に

そこからさらに手続きに

1時間くらいかかるかと思うと

待つことが嫌いな僕は

地獄にしか思えないです。

 

でも流石に観念して

覚悟を決めて行きました。

 

案の定待たされたのですが

平日の午前中ということもあり

30分くらいの待ち時間で

順番が回ってきました。

 

僕はとにかくさっさと帰りたかったので

新しいスマホを買うワクワク感など

一切期待せずに

淡々と事務的にその担当者さんと

話を進めていました。

 

ところがです。

 

話を進めていくうちに

僕はその担当者さんが

何かを売ろうとしているのを

結構早い段階で

感じ取ってしまいました。

 

仕事柄、売り込みをかけられると

どんな風に売り込んで来るのかを

分析したくなる性格で

しかも大抵の場合

あまりにその営業トークが

見え透いちゃっているので

どうしても普通の人よりも

買う気が失せることが多いのです。

 

そもそも今回のスマホの買い換えは

本当に仕方なく買い替えるしか

なかったので、

月々の費用は現状維持か

できることならプランなどを

見直して安くできれば安く

しようと思って行きました。

 

俗に言う予算の上限が

決まっていたというやつです。

 

ここまで読まれてすでに

話の結末をなんとなく

予想できていると思いますが

僕はいろいろ悩んだ末に

毎月の支払額が増える

買い物をしてしまいました。

 

自分で言うのもなんですが

僕は大抵のことでは

営業マンの口車に乗せられて

何かを買うような人ではありません。

 

どうしても残念な営業マンが

多いからです。

 

しかし今回の買い物は違いました。

久し振りに良い買い物をした気分です。

実際には僕が買った商品は

非常に多くの人が持ってる

ただのスマホです。

にもかかわらず、

なにかこう僕は自分で

とても良い選択をしたと言う

気持ちになりました。

 

最初から予算も決まっていて

時間もなく事務的に手続きを済ませ

さっさと帰りたい気持ちが強くて

しかも大抵のことでは

意見を変えるような人間ではない僕が

 

気がつけば予算オーバーして

2時間以上もお店にいて

帰りたいなどと微塵も感じず

帰り際ににその担当者さんに

笑顔で御礼を言って

車に乗り込んでいる自分。

 

ちなみに売り込まれていることは

最初から気づいていました。

手の内もわかっていました。

そりゃ僕はプロですから。

 

それでも、です。

 

手品のタネがわかっているのに

楽しめた感覚です。

 

さて、一体なにが起きていたのか?

 

どうやったら

時間がかかることが嫌で

予算も決まっていて

新商品に何の期待もしてない

頑固な人に

上手に売り込んで

単価をあげたのか?

 

僕自身のことなので

正直恥ずかしいですが

赤裸々にその詳しい解析を

次のセミナーで披露したいと

思います。

 

繰り返します。

 

時間がなくて

予算も決まっていて

新商品に何の期待もしてない

頑固な人に

どうやって高く売ったのかを

ご紹介します。

 

「時間がない」
「お金がない」

「気分が乗らない」

などの断り文句に悩まされてる方は

ぜひ聞きにいらしてください。

https://www.facebook.com/events/1928340600813879/

Facebookをされていない方はこちらからどうぞ。

http://okada-koji.com/seminars/cat333/69.html

日本よ!大丈夫か?

こんにちは

岡田です。

 

ネットのニュースを読んでいたら

このような記事が目にとまりました。

 

「中高部活に週休2日以上 

 スポーツ庁会議、指針案了承」

 

スポーツ庁の有識者会議は13日の会合で、

中学校での適切な運動部活動の運用に

向けた指針案を了承した。

負傷リスクを減らすため

学期中の部活動で週2日以上の

休養日を設けるとともに、

1日の活動時間は平日2時間、

休日3時間程度までとする。

高校の部活動にも原則適用するとした。
3月中に同庁が指針を公表し、

全国の自治体や学校などに通知する。

(産経新聞より)

 

僕は何かこう日本全体が

向かおうとしている方角が

少しずれてる気がしてならないです。

 

いったい人生のいつ

頑張るのでしょう?

 

自分が本気になれるものを

いったいいつ見つけるチャンスを

得られるのでしょう?

 

「負傷リスクを減らすため」

・・・って。

 

もうそんなこと言ってたら近い将来

 

スポーツもするな!

自転車も乗るな!

エレベーターにも乗るな!

海にも川にも入るな!

山にも登るな!

火も扱うな!

 

みたいなことをいつか

「文部科学省が学校へ通達した」

とか言い出しそうで怖いです。

 

理由は

負傷リスクを減らすため。

 

そんな大袈裟な!

 

と思うかもしれませんが

10年前、いや5年前でもいいです。

中学高校の部活動を

平日2時間を上限とする話なんて

想像してました?

準備と後片付けを考慮したら
実際練習する時間なんて
1時間半くらいでしょう。

それでいったい何が上達するんでしょう?

部員がたくさんいたら
ボールに触れる時間は

いったいどれだけあるのでしょう?

悔しい思いをしたりする
貴重な経験をさせてもらえないのでしょうか?

うまくいかないから上達したい

という思いはお金のある家の子だけが
部活とは別に民間企業に

委託できる仕組みになるのでしょうか?

 

森友学園問題で

財務省が完全におかしな状態に

陥っておりますが

この国の中枢機関は日本を

どこへ舵取りしようと

しているのでしょか?

 

愚痴を言っても始まらないので

僕は僕なりにたとえ誰に言われようとも

 

「人は限界を超えて頑張る時期があっていい!」

 

と心から発信し続けたいと思います。

しかしそれも

いつか言論の自由も奪われて

そういうことを言い続けていると

何とかハラスメントになりそうで

怖いですけど。

 

憲法にある言論の自由は

いったいいずこへ?

 

前にもどこかで言いましたが

●●●ハラスメントって

最初に言ったもの勝ちみたいな

空気があって、

今となっては●●●ハラスメントって

30種類以上あるらしいですよ。

 

「岡田さん、それってさぁ

 ●●●ハラスメントだよね〜。

 今そんなこと言ってたら罪になるよ!」

 

という脅し。

 

僕はそれを

「ハラスメントハラスメント」

と名付けました。

 

我ながら

「風刺のきいたネーミングだぜ〜」

と思いながらも

一応ネットで調べましたら

すでにその言葉は存在しており、

略して「ハラハラ」というそうです。

 

ハラハラによって

もう何も言えない。

みんな何も干渉しない。

無関心。

 

何も関わらないことを

「自由」とか「尊重」などという

言葉でデコレートする。

 

親ですら子供に何も言わない。

いや、怖くて何も言えない。

 

僕は暴力とネグレクトは

個人的にダメだと思いますが

親なら多少育て方の違いがあっても

親もミスをおかしながら

成長していくものだと思います。

 

全てのリスクを放棄して

何もしないことは

ネグレクトになることと

相反することには

ならないのでしょうか?

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