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儲ける脳のつくり方

情報ビジネスの存在理由

こんにちは

岡田です。

 

人は教育というものを

いつまでも受けたいものだなぁと

最近つくづく感じることが多いです。

 

いい大人がいつまでも教えてもらう、

そんなことしてていいのか?

と思ってしまうことも正直あります。

 

しかし冷静に考えて

まったくわからない状態から

ある日突然頭の中にその知識が

湧いてくることはありえません。

 

きっかけとなる外部刺激がない限りは

その事象に関する造詣が

深まることはないと思うのです。

 

その外部刺激こそが

教育と呼べるものだとすれば

刺激が多ければ多いほど

人生が楽しくなると結論づけていい

と個人的には思います。

 

もちろんそう思わない人も

ある一定の割合でいることも

否めませんから人それぞれです。

 

ただ、刺激というものは

まさに興奮でもあり

良くも悪くも脳や心が揺さぶられる

体験ですから

それをもってしても

人生を楽しめないとしたら

逆にあとは何によって楽しくなれるのか

もしそれ以上のものがあるのであれば

本気で教えて欲しいと思います。

 

もしこの教育とは刺激であるという

仮説が成り立つのであれば

僕は教育が人生を楽しくさせる

大きな要素であるとつくづく

感じてしまった次第でございます。

 

だから僕は大人になった今でも

誰かからの教えを乞いたい願望が

なくならないのです。

 

一度しかない人生を刺激的に

楽しみたい、ただそれだけ。

 

教わるというと何か仰々しいことに

感じる人も中にはいるかもしれませんが

僕が言う教育とは

何かについてちょっと人より詳しい

もしくは先に知ったというだけのことを

後から来るそれを知らない人に伝えてあげる

その程度のライトな感覚です。

 

もしその情報伝達を受け取るのに、

つまり教育を受けるのに

費用が発生するとしたら

そこにはある程度の価値が付随され、

ある一定の品質が担保されさえすればいい。
そしてその品質が保証されれば

そのサービスはまだまだ広がりを見せると

思います。

 

それがビジネスとしての

情報サービスと呼ばれるものに

未だなり得るのです。

 

今、情報がありとあらゆる媒体によって

ほぼ無料化されてきていますが

それでもなぜか情報を通じての

産業が大きなウェイトを占めています。

 

2018年現在においては

YouTuberと呼ばれる人たちが

その波に乗ったことも

現象の一つでしょう。

 

教えを乞うということを

重く考えずに

むしろ人生を楽しむものとして

どんどん体験してもらいたいです。

 

理論抜きにして感覚的にも

知らない事を知るようになる

ということは

エキサイティングなことだと

思いませんか?

 

そしてそれは自分が誰かから教わる

という一方通行だけではなく

自分が誰かを教えることも

刺激を与える事になるだろうし

それによって自分もまた

刺激を受けることにもなると思うのです。

 

そこに品質を保証できれば

ビジネスとしてまだまだ

成り立つ時代は残されていると

確信しています。

 

事実僕もその恩恵を受けている一人です。

人に何かを伝えることで

楽しく仕事をさせてもらっています。

 

もしご自分がある程度の品質を

保証できる情報を発信できるなら

恐れることなくどんどん

教えていきましょう!

 

p.s.

ちなみに僕のビジネスとしての
情報発信の一部はこちらです。

http://okada-koji.com/seminars/cat333/67.html

品質も参加者が証明してくれています。
良かったら確認してみてください。

失敗しても楽しさを維持できる技術

こんにちは 岡田です。

人ぞれぞれ性格というものがありますが

それにしてもここまで違うと

おもしろいくらい明暗がはっきりしますね

と思った事をシェアしたいと思います。

僕はコンサルタントという仕事柄

スタンスとしてブレーキ役になるのが

理想かなといつも思っています。

クライアントさんがアクセルを踏む仕事です。

あれもこれも無茶したり暴走したり

しがちな経営者(クライアント)さんに

「少しは考えて、

 まずは小さくテストして

 それからドカンといきましょう!」

というような役目です。

ところがです。

多くの場合、僕が戦略や戦術として

「たとえばこんなのどうですか?」

という一例を示すと

「確かに理論的にはそうなるし

 それができたらいいんだけど

 ウチではちょっと・・・・。

 そんなことをしたら

 今までのお客さんがどういう反応するか・・・」

みたいな感じの返答が多いのです。

「僕の提案はあくまで一例なので

 他のアイデアはもちろん歓迎ですし

 ぜひみなさんが考えた物の方を

 真剣に前に進めましょう!」

と言ってもこれと言って特になかったり

何か他のアイデアを一応

言ってはくれているのですが

正直、それが今までとはいったい

何がどう違うのよくわからない、

ほぼ誤差のような違いでしかない

提案をしてきます。

そしてそれをした結果として求めるものが

売上や顧客満足度の

大幅アップだったりします。

もちろんそのアイデア自体を

否定しているのではなく

それはそれでやった方がいいのも

よくわかります。

しかし

お客さんの立場になってみると

よくわからない程度の違いであれば

それによって大きく何かが変わることは
ほぼないと思うのです。

そして僕が何より怪訝に思うのは

その程度のことだけやって

楽しいのかどうか?

ということです。

ビジネスやっていて楽しい?

なんだかイヤイヤ仕方なく

今までのやり方は変えたくないけど

どうしてもと言うなら

これくらいのことだったら

やってもいいけど、

どうかな・・・・

やれるかもしれないし

やれないかもしれないし・・・

みたいな空気が流れている中での

仕事が楽しいか?ということです。

その一方で

「これをこんな風にやったら

 あんなふうになっちゃったりして!」

「だったらいっそのことこっちもやっちゃう?」

「チマチマやってないで一気にやっちゃおう!」

「それとかこういうのもよくない?

 お客さんビビると思うよ!」

「驚く顔がおもしろいけど

 一定数のお客さんからは

 怒られるかもね!

 ギャハハハハ!!」

そんな学生の悪のりみたいな感じで

僕が

「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい。

 もう少し穏やかに行きましょう!」

と場を沈めるのに

四苦八苦するクライアントさんもいたりします。

僕は後者の方が

不謹慎かもしれませんが

すごく好きです。

可能性に満ちあふれているからです。

そして僕の役目は

「頼むからアクセルゆるめて!

 ブレーキ!ブレーキ!」

 少しでいいからテストさせてください!」

みたいな役割です。

みなさんはどう思いますか?

前者の超慎重派で

今までと大きく違う事を避け

コツコツとやって

結果がでるかもしれない方

後者の暴れ過ぎだろ!

と思ってしまうような

無茶なアイデアで

次から次へ次へと

怒られながらもやってしまう方

どっちが大きな違いが出ると思いますか?

僕は正直後者の方が結果が出ると

思うのですが、でもそれは

やってみないとわからないのが

真実だったりします。

どっちが正しいかは

やる前は誰にもわからない

ということです。

ただ言える事は

どっちがビジネスをしていて

楽しいか?

一度しかない人生で

答えがわからないなら

どちらを選ぶか?

と問われればどうでしょうか?

僕は少なくともそのお店の

お客さんの立場になったら

そこで働いている人たちが

苦虫かみつぶしたような顔で

暗く仕事をしているより

なんかうるせー社員だなーと

思いながらも

ばか騒ぎしたりして楽しんでる

方の人たちに魅力を感じます。

「こうやったら確実に成果につながる!」

という答えがどうせわからないのなら

たとえうまくいかずに

関係各位から怒られたとしても

そんなものは謝ってしまって

とにかく楽しくやった方が

長くいろんなことを

試してみることができると思うのです。

前者の人たちは

恐らく恐怖と闘っているのです。

まだきていない恐怖と闘っているのです。

その問題が起きてから

どうしたらいいのか

闘えばいいのに。

これからくるかもしれない恐怖と戦い、

不安を隠すために 他人に対して攻撃的になる

そんな仕事の仕方をしている気がするのです。

僕はコンサルタントなので

何かを強制させて前に進めることは

できません。

どこまでも気付きを与えたり

時にアイデアの提案をするだけです。

まさに性格もあるので

何が自分にとって楽しいのかも

人それぞれなので強要はできませんが

あくまで僕は

悪ふざけ的なノリの方が

脳がフル回転して

しかも楽しく仕事ができるので

いい結果を導きだすのではないかと

思ってしまうのです。

そして問題が起きたときの

最高の切り札、

「謝る」

という人間にしかできない技術を

フルに使おうではありませんか。

調子が良い時に注意すること

こんにちは

岡田です。

 

あけましておめでとうございます。

2018年が始まりまして4日が経ちました。

早いモノで残り361日です。

良いお年を〜。

 

ということで2019年に向かって

良いお年を迎える為に

残り361日を実りある時間にしたいと思います。

 

2018年のグループコンサルも

個別コンサルも

予想をはるかに上回るご応募をいただき

ありがとうございました。

 

毎年値上げし続けておりますが

毎年人数が増えており

嬉しい限りです。

ありがとうございます。

 

また一般の方が参加できる

営業トーク構築セミナーも

連月定員オーバーで

次回の分も定員に達しました。

ありがとうございます。

 

グループコンサルに参加される方

個人コンサルを受けられる方

セミナーに参加される方

いずれもお楽しみに!

 

その他にも実は新しい事業が

昨年末からいくつか起動に乗り始め

今のところいい感じで動いております。

 

順風満帆の時にこそ

足元をすくわれない様に

注意が必要なのですが

今日お伝えしたい事は逆です。

 

順風満帆の時には

注意事項なんて考えずに

その波に大いに乗ってしまえ

ということです。

 

人は誰でもスランプを迎える時があります。

調子が良い時と悪い時があります。

 

今調子が悪い人は

この状況から果たして

抜け出せるのだろうか?

という不安でいっぱいだと思います。

 

逆に常に絶好調でいつも新記録が

出続けているという人は

いないと思います。

 

どんなに調子が良くても

一度調子が悪くなると

悪循環に陥り

いわゆる負のスパイラルに

苦しむことになります。

 

その苦しみを事前に

どうやって小さくするのか?

 

それを考えておくことは

もちろん大切なことですが

スランプ自体を避けることは

不可能です。

 

自分にとって都合が悪かったり

調子が良くないことは

必ず起きるものなのです。

 

だとしたらスランプを恐れて

それを待ち続けるよりも

放っておいてもどうせ

スランプが訪れるなら

調子が良い時に調子が良いことを

し続けた方がいいのです。

 

負のスパイラルは抜け出すのに

相当なパワーが必要です。

にもかかわらずせっかく

正のスパイラル状況にいるのに

なぜか自らブレーキを踏む事で

その場から去ろうとし

結果としてスランプに

自ら陥ってしまうのです。

 

ブレーキをかけたり

注意を促すことは

周囲が勝手にやってくれます。

周囲が勝手に足をひっぱってくれます。

 

妬みの場合もありますが

愛情を持ってブレーキを

かけてくれる人もたくさんいます。

 

それが効果的に作用して

悪い状況を防ぐことも

もしかしたらたくさん

あるかもしれません。

 

しかしそのブレーキをかけることを

自分でやる必要はないのです。

もしブレーキ役が必要だと思うなら

それは親なり先生なり上司なり

尊敬できる人の意見を聞いて

それ以外の雑音は放っておけばいいのです。

 

もしかしたら

調子に乗り過ぎて次に大きな失敗や

致命的な失敗が訪れて

事業をつぶしてしまうかもしれません。

 

ただ、どうでしょう?

逆に調子がいつまでも出ない場合も

それが続けば事業って

潰れないですか?

 

どうせ潰すならどっちがいいですか?

一時でも調子が良い方を

経験したくないですか?

 

少なくとも潰さずにすむかもしれない

可能性があるのは

調子に乗っていけるところまで

行く方です。

 

負のスパイラルから抜け出せないのに

事業が成長して大成功を納めるなんて

聞いた事がありません。

 

なので、調子が良い時は

調子ずいて足元は誰か尊敬できる人に

見ておいてもらいましょう。

 

自分はどこまでも

羽ばたいて行ってしまいましょう。

 

唯一気にしておく事は

その調子はいつまでも続かない

ということだけです。

 

だからこそ調子が良いときは

全力でその波に乗ることが

大切なのです。

 

そしていざ調子が悪くなったら

今まで調子が良かったことを

「あー、十分楽しんだ!」

と言ってまたその楽しいときが

訪れる様に、その希望を糧に

スランプを迎えれいるのです。

 

これをしないとスランプが続いた場合は

ただの本当に辛い人生です。

 

海外旅行に行った時に

おもいっきりハメをはずして

楽しむのと

 

帰国後に仕事がたまっていることに

不安を感じて、海外旅行を楽しまずに

ホテルの部屋で黙々と

帰国後の仕事の準備を

するのとでは

 

帰国後にどっちが仕事に

集中できる人間か?

成果を出せる人間か?

は何となくわかると思います。

 

他人だとそれがわかりますが

自分のことだとなかなか見えないです。

 

なので難しい事は考えずに

もし調子がいい状況なら

それはどこまでも楽しみましょう。

調子が良い時に注意することは
注意をしないことです。

 

新年一発目のブログなので

なるべく明るくイケちゃう話に

してみました。

 

でもそんな軽い話ではなくて

売れている営業マンはみな

それがわかっていますよ。

 

だから売れているときは

売れない気がしないのです。

どんな人にでも売れるという

ある種の勘違いがまた

良いスパイラルになっているのです。

 

そしてそれはトップセールスマン

ではなくても

誰もが一度くらいは

経験したことがあるので

潜在的にはわかっているはずです。

 

ご自分の胸に手をあてて

思い出してみて下さい。

簡単に集客できてしまうパワフルな言葉

こんにちは

岡田です。

 

2017年最後の投稿となりました。

4日後は2018年です。

 

2017年の振り返りや

2018年の豊富を語ることは

多くのブログやSNSで

目にされていると思いますので

敢えてまったく関係ない話を

したいと思います。

 

先日、数年ぶりに

とある飲食店に行きました。

 

比較的料金が高いお店なので

そんなに頻繁に行けるような

お店ではないものの

年に3回くらいは行くお店でした。

 

しかしこれと言って

理由はないのですが

何となく足が遠のいてしまっていて

本当に久しぶりに

おいしい料理をいただきました。

 

これを機にまた足を運ぼうと

心に決めました。

 

僕がまた行こうと決めたのは

料理が美味しかったからという

理由だけではありません。

 

料理はめちゃくちゃ美味しいです。

めちゃくちゃ美味しいということを

念押しした上で

料理が美味しいという理由だけでは

ないのです。

 

それ以上の理由があるのです。

その理由とは・・・。

 

僕はそのお店に

年に3回くらいしか行かないお店で

しかも僕が初めて行ったのが

恐らく今から6〜7年前です。

 

2年くらいご無沙汰していたので

実質お店に行った期間は

たぶん4年間ほどです。

4年で年3回ですから

単純計算で12回くらいですかね。

 

上得意というには

ほど遠いお客さんです。

 

にもかかわらず、そこのお店の人

全員が僕の顔を見て

「岡田さん、お久しぶりです!」

と名前で言ってくれるのです。

 

なんなんですかね?

この自分の名前を呼んでもらった時に

受けるパワーというのは

ものすごいものがあります。

 

自分の名前に反応してしまう

というのは頭では理解できていますが

それがわかっていても

やはり実際に音として耳に入ってくると

自分ではもうどうにも抵抗できない

威力でいろんな感情を動かします。

 

別に名前を呼ばれたからと言って

いや、逆に名前を

呼ばれなかったとしても

嫌になるわけでもないし

「二度と来るか!」

とも思わないのです。

 

だけどこのちょっとした

4文字

「岡田さん」

を会話の中に入れるか入れないかで

僕のような単純な男ほど

抵抗できずに嬉しくなってしまうのです。

 

その結果

「よし!また来よう!」

となるのです。

 

そんなバカな!

どこまでおめでたい野郎なんだ?

 

と思うかもしれません。

僕も他人がそれをされていたら

同じ様に、おめでたいやつだ

と思ってしまうでしょう。

 

しかし当事者になると

どんなに冷静を装っても

やはり名前を言われてしまうと

つい好意的になってしまいます。

 

シンプルで、

すでに聞き慣れた

ことではありますが

そういうものほど

パワーがあると思いませんか?

 

奇をてらって

複雑な仕組みをもってして

戦略戦術をしかけるのもいいですが

意外とこんな簡単なことの

積み重ねで集客というのは

できてしまうものなのです。

 

全員のお客さんの名前を

覚えるなんてことは

不可能なことはわかっています。

 

しかしだからといって

最初から諦めて

そんなことしてもムダだ

と決めつけては何も始まりません。

 

少しずつ覚えていけば

いいだけの話です。

 

覚えようという気持ちさえあれば

必ず結果は違って来ます。

 

なんとなく印象に残った

目立つお客さんの名前だけを
覚えているのではなくて

意識的に、できれば全員の名前を
覚えようという姿勢でいることが
大切だと思います。

p.s.
あくまで意識や姿勢の話ですからね^^;
完璧でないことを糾弾してくる人が
いるので念のため。

お客さんにいいように使われないようにするには

こんにちは

岡田です。

 

最近本当にこれに尽きるな!

と思う事があります。

 

それは体験談に勝る話はない

ということです。

 

誰かから聞いた話を

他の誰かがどんなに上手に話しても

どんなに感動するように話しても

話自体がどんなに泣ける話であっても

笑える話であっても

本人が話すより深みを伴って

伝わることはない

ということです。

 

話すのが上手い人が話すと

本人が話すより上手に話せることは

稀にあります。

それは否定しません。

 

しかし、やはり聞いた話だと

面白おかしく話すことはできても

話の厚みが違うので

たとえば質問などして

それに答えられないと

一瞬で興醒めしてしまいます。

 

「わははははは!

 うそでしょう?おもしろい^^

 で、その後どうなったの?」

 

「さぁ、知らない。」

 

と言われたら一気に冷めます。

 

それが本人であれば

話し方が下手であっても

話の続きはできます。

 

僕もセミナーなどで話をしていても

知識としての情報を伝えている時よりも

僕の過去の経験談を話している時の方が

受講者さんたちの姿勢が

前のめりになるのが

明らかにわかります。

 

よく営業マンからの相談で

お客さんには頭があがらない

常に下に見られる

安くしないと売れない

ある程度年齢を重ねないと

小僧扱いされる

と言った悩みを聞かされます。

 

要は一人の人間として

個として尊厳をもって

大切に接してもらえず

営業マンという一つの

カテゴリーとして扱われて

しまっているのです。

 

この状態は誰が作っているのか?

お客さんがそういう性格だからでしょうか?

もちろんそれもあると思います。

 

しかしそれだけじゃないと思います。

自分が営業マンとして

できることは何でしょう?

 

自分が話をする時に

誰でも話せる商品説明や

上司から聞いた話や

業界の中では良く言われている

知識をお客さんに伝えるだけなら

正直、それは誰であっても

できる話なのです。

 

その程度の話だけなら

説明が上手な人が

もしかしたら売れるかもしれない

ということでしかないのです。

 

「説明はいいからいくら値引いてくれるの?」

「どうせどこで買っても一緒でしょ?」

「買う気になったらお宅の会社にこっちから電話するよ」

「ホームページ見ておくよ」

 

もしこのような返答をお客さんから

もらうことが多いのであれば

それは残念ながら

個人としての尊厳は

あまり持たれていません。

 

もし一人の人間として

「君から買いたい!」

と思ってもらいたいのであれば

自分しかできない話を

営業トークの中に入れればいいのです。

 

自分の体験談を他ならぬ自分が

商談の中でどれだけ

話すことができるかが重要なのです。

 

話を上手に伝えること

それができればそれに

越したことはありません。

 

しかしそれよりも重要なことは

その話が自分しか話せないこと

であるかどうかなのです。

 

なぜ話が上手下手よりも

それが重要なのか?

 

それは体験談は真実だからです。

聞いた話というものは

嘘かもしれないのです。

 

話自体の真偽は

そこで話している本人も

聞いているお客さんもわからない

のです。

 

つまり信用できない。

 

しかし体験談は少なくても

本人が嘘をつかない限りは

真実であることは本人が一番わかっていますし

その本人が目の前で話していれば

聞いてる人もそれが嘘だとは

なかなか思えないです。

 

人間とはそういうものです。

嘘はわりと簡単にバレるし

真実は疑われないものなのです。

 

だとしたら話が面白くなくても

面白く伝えられなくても

体験談なら信用してもらいやすいのです。

 

それが大前提で

話が面白く伝われば

なお良いのです。

 

逆に嘘か本当かわからない

つまり信用には足りないけど

表面的にどんだけ面白くても

それだけでは笑って終わりです。

 

信用がなければ

契約には至りません。

 

話がそんなに面白くなくても

信用があれば契約に至る事は

たくさんあります。

 

そう考えると

体験談や自分しかできない話が

どれだけ大切かがわかると思います。

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