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儲ける脳のつくり方

2011年10月のアーカイブ

日本の学校教育の弊害

こんにちは。
岡田です。


このブログは脳を鍛えることを
大前提に書いています。


以前から読んでくれている人には
理解してもらえていると
勝手に判断しておりますが(苦笑)
最近から読み始めてもらっている人には
わかりづらい部分もあると思います。


「しのごの言ってねーで
 具体的なこと教えろや!

 ひょっとしてノウハウは何にも
 ねーんじゃねーの?」


そう思われても仕方がないくらい
敢えて具体的なことを避けています。


敢えて書かないのには
それなりに理由がたくさんあります。


たくさんあるのですが
今日は長くなるので一つだけ
紹介します。


この記事はブログとは言え
ある意味、公の情報です。


なぜか公の情報になると
そこに書いてあることが「正解」
と勝手に判断する人がいます。


僕は自分にとっての正解を
書き綴っていますが
決してそれがあなたにとって、
またはあなたのビジネスにとっての
正解ではありません。


だからあくまで僕の記事は
参考程度にしてもらって
自分なりの正解を
自分の頭で考え出して欲しいのです。


日本の学校教育の中には常に
「答え合わせ」がありました。


合ってる。
間違っている。

 

正解。
不正解。


しかし、ビジネスにおいて
「正解」はありません。


正解でもあるし、不正解でもある。


どんなにすごい人が
どんなに成功している人が
正しいと思われるようなことを
理論だてて伝えたとしても
それがそのタイミングで
あなたにとって正解かどうかは
まさに神のみぞ知ることなのです。


それなのに正解を求めて
他人の答えばかりを求め
正解だと思い込むことが
どんなに怖いことか
わかる人にはわかってもらえると思います。


他人の、特に成功している人の意見を
正解として求めたい気持ちは
痛いほどよくわかります。


わかりますが、そこは
求めても仕方がないことを
再認識してください。


自分で考えることができるようになって
それを続けることで
初めて自分にとっての答えが
導き出せるようになります。


それまでは不安が付きまとったり
失敗を恐れたりすると思いますが
それでもその道を通らなければ
いつまでも他人に依存したり
責任転嫁して逃げる人生を
続けることになります。


たとえ瞬間的にうまくいったとしても
いつか転ぶ時が必ず来ます。


その時に当たり前のように平然と
立ちあがる能力を備えられているか
依存し続けてきたことで
誰かがいないと立ち上がれないか。


思いきって具体的な答えを他人に求めず
自分で考えてファジーな答えを
彷徨い歩くイライラを体験してみて下さい。


そうすることで飛躍的に
成長することが体験できると思います。


あなたの人生はあなたのものです。


お試しください。

自分らしさと成長のバランス

こんにちは
岡田です。


いきなりですが、
自分らしさってなんでしょう?


ポリシーを持つとか
自分を確立するとか
周りに振り回されないとか
格好いいですよね。


僕もそれなりにそういうものを
持っています。


僕をリアルに知っている人は
僕という人間はそんなに
周りに迎合ばかりしている人間には
見えないと思います。


・・・たぶん。


いやいや。
岡田という人間はフラフラしていて
いつも周りの意見ばかり取り入れて
何考えてんだかさっぱりわからん。


僕に対してそんな意見があるなら・・・

 

 

実はうれしかったりします。

 


ある年齢を過ぎると自分って本当に
ちっぽけだなーって思うようになります。


それは決して卑下しているわけではなく
本当にそう思います。


ただそれなりに生きてきたわけですから
全否定する必要もないわけです。


逆に自分のことだけを全肯定して、
「俺様の意見が全て!」
という立ち位置にいる人は
正直イタイ。


これ、言い方が「俺様」口調なので
読んでいる人は「そりゃそうだ。」と
受け入れやすいと思います。


しかし俺様キャラではない人であっても

意外と自分以外に目を向けたり、

他人の意見を受け入れたりすることが

できない人って多いと思います。


たとえば。


「自分は自分のままでいい。」
「無理しないでコツコツと。」
「身の丈にあった行動を。」
「今私たちにできること。」


これらのフレーズは自分をかたくなに
変えない為にはとても便利な言葉です。


ところで変えないことって
怖くないですか?


最近特に思うんです。


ことビジネスにおいて
変化がなくなったら
それは死に直結します。
(ビジネス上の死です。)


自分らしさをいつまでも固執したり
無理しないでコツコツと
している間に市場は飽き、
資金が底をつくのは明らかです。


変わらないものに、
動かないものに
お金は継続的には
払われないからです。


それでも自分らしさだけを大切にし
変わらない自分に美徳を感じる人が
いるとしたら、それはもはや
「傲慢」の域ではないかと思うのです。


「変化」とは動的なものです。
流れているのでついついその瞬間を
顧みることは少ないと思います。


というわけでちょっと
その変化の瞬間を考えてみました。


自分が変化する前って

たいてい新しい情報が入って来ます。


その情報とは自分にとって
居心地の悪い事象が多いです。


時にハラワタが煮えくり返るような思いをしたり
頭を殴られたような思いをしたり。


とにかく自分の今までの考えとは
反対のことが多いので居心地が悪いです。


それを常に受け入れていたら
確かに頭がおかしくなるでしょうし
下手したらうつ病になってしまったり
少なからずモチベーションは下がります。



逆に自分と同じ意見だけを
いつも取り入れていたら、それは

価値観が同じなので

居心地はいいかもしれません。


しかしわざわざ新たに受け入れる価値は
少ないと思います。


だってずーっと同じ意見なんですよ。

いくら居心地がいいからといって

変化がないものだけをインプットして

どうなるのでしょう?


「価値はない」と言ってしまうと
言いすぎなので言葉を選びますが
伝えたいニュアンスはご理解いただけたでしょうか?


新たな意見や情報を取得する価値があるとしたら
それは今までに自分の中にはなかった
情報や価値感
だということを伝えたいのです。


それって気分的には結構
いやーな気分だと思うのです。


読書などしていて、自分と違う概念が
延々と書かれていると本は
読むのがしんどいのはその為です。


読んでいて気持ちがいい本というのは
時代劇と一緒で気分はいいですが
後には残りませんし、
間違いなく気付きは少ないです。


もし気付きがあるとしても
それは意外と知っていることを
思い出してるだけだったりします。


出版社の編集者に聞いたのですが
最近の売れている本の鉄則は
読者がすでに知っていることを
角度を変えて新しく見せることが
できている本だそうです。


それを文章で書けるテクニックを
もっている人がベストセラー作家に
なれる人だそうです。


大衆は苦より楽を選びます。


新しくないものを新しく見せる。


そんなまやかしに振り回されず
自分にとって居心地の悪いものを
取り入れる勇気を持てたら
変化できる自分、つまり新しい自分に
出会えるのです。


それが成長であり、進化です。


そうは言ってもなかなか
自分と違う意見を採り入れる
ことはやはりしんどいです。


僕は最近こうすることにしました。


まず同じ意見だろうが
違う意見だろうが
そんなことを判断する前に
「それ、面白いね。」
と口に出して言ってしまいます。


俗に言うアファーメーションというやつですね。


そうすることで、頭がその意見に対して
面白いこととして処理し始めます。


そうすればたとえ違う意見であったとしても

本来居心地の悪い意見であっても
ただの価値感の違いとして処理されて
受け入れること自体は苦痛にならなくなります。


決して全て気持ちよく受け入れられる
ものばかりではありませんが
苦痛を伴うことが圧倒的に少なくなりました。


ですから今まで自分が気付かなかったことが
どんどん入ってくるようになったのです。


苦痛を伴わずに価値観の違いを受け入れる方法としては

かなりおすすめです。


今までの自分を肯定し、確立し
自分らしさを保ちながら
新しい価値観を蓄積していく・・・
そうすることでより新しい
自分らしさを木の年輪のように
重ねていく。


僕はそんな大木になりたいと
思うようになりました。


もし自分らしさと成長について
悩んでいる人がいたら
参考にしてもらえると嬉しいです。

 

p.s.

今日の内容は難しいかも?

と思いながらも敢えて記事にしてみました。

 

読んでいてちょっと居心地が悪いと思ったら

「おもしろーい」と言ってから

読みなおしてみて下さい。

 

簡単過ぎて笑える

こんにちは
岡田です。


世の中にはこれに気付いてしまえば
簡単にうまくいってしまう、そんな
すぐれた先人の知恵や体験があります。


そのもっとも優れたものの一つを
ご紹介します。


紹介の前に少し頭のストレッチを
していきませう。


ビジネスにおいて時代変化についていかないと
あっという間に取り残されることは
言うまでもありません。


ただそれはすべてにおいてではないはずです。


時代が変わっても変わらないものって
あると思うのです。


先週の記事にも書きましたが
それは本質です。


どんな時代が来ても変わらないもの
つまり本質を知ること。
それが根底にある上で表面的な変化に
スピードを持って対応していくことが
うまくいくコツだと思っています。


時代が変わっても変わらないもの、
逆に大きく変化して自分が
ついていかなければならないもの
あなたのまわりにどんなものがあるか
探してみて下さい。


今日はそんなテーマで
僕の中で最近特に思うことを
紹介したいと思います。


たとえばなんですが、一昔前にIT業界って
「ITバブル」という言葉が生まれたくらい
その波に上手に乗っかってしまえば
簡単に儲かる話がゴマンとありました。


まさに時代の寵児が誕生し
人は彼らをうらやみ、もてはやしました。


まさに時代が動いた瞬間を
目の当たりにした感じがします。


しかしどうでしょう?


その前って時代の寵児が生まれない時代が
存在したのでしょうか?


考えなくてもすぐに頭に浮かんでくるのは
自動車や通信などがバブルを迎えた時もありますし
古くは鉄鋼や燃料がそのような時代を
迎えた時もありました。


先ほど、
「上手に乗っかってしまえば簡単に儲かる」
と書きましたが、このフレーズに
違和感を覚えた人、もしくは
他の人と違った解釈をしたのであれば、個人的に
「おお!あなたとはもっとお話ししてみたい」
と思ったりしちゃいます。


たいていの人は、言葉どおりに
「上手に乗っかってしまえば簡単に儲かる」
と聞いて、そりゃそうでしょうね。
と思ったのではないでしょうか?


もしくは疑問に思うことすらなく
読み流したのではないでしょうか?


ちなみに僕はこのフレーズそのものは
否定していないです。
ただ皆さんとはたぶん解釈が180度違うと思います。


皆さんはこんなニュアンスで
このフレーズを解釈していませんか?


「タイミングさえ合えば苦労しなくてラクに儲かる。」

原文は
「上手に乗っかってしまえば簡単に儲かる」
です。


どうでしょう?


キーワードは
「上手に」と「簡単に」です。


「上手に」とは根底にあるものは
僕は努力だと思っています。


「簡単に」とは「ラク」ではありません。
僕が解釈する「簡単」とは「複雑」の反対です。
「シンプル」とか「単純」という意味です。


つまり
「死ぬほど努力して時代が読めるようになれば
 誰でも単純に儲けることができる」
です。


どうでしょうか?
「上手に乗っかってしまえば簡単に儲かる」
と聞いて、「死ぬほどの努力」とか
「ラクじゃないよ~」というイメージを
最初に持った人はいるのでしょうか?


僕は
「上手に乗っかってしまえば簡単に儲かる」
このようなフレーズを読んだり聞いたりすると
「確かにそうだよなぁ。きっとこの人は想像を絶する
 苦労をしたんだろうなぁ。」
と思います。


なぜならそういう経験をしないと
なかなか「上手に」という言葉は
使えないからです。


あなたがもし誰かに
「もっと上手にやるにはこうしたらいいよ!」
という言葉を使うとしたら
あなたがそのことに対して
努力をしてきたから言える言葉なのでは
ないでしょうか?


決して「ラク」をして、「片手間に」
「居眠りしながら」「気付いたら」
できるようになってた、
という事象には使われない言葉です。


つまり先人の寵児たちは
どんな時代でも努力を惜しまず(上手)に
継続してきたものだけが
成功できるというシンプル(簡単)な
「本質」を知っていたのだと思います。


ここ大事なのでもう一度。


先人の寵児たちは
どんな時代でも努力を惜しまず(上手)に
継続してきたものだけが
成功できるというシンプル(簡単)な
「本質」を知っていたのだと思います。


IT業界に乗っかれば儲かるというのは
表面的なことですし、時代の変化で
そんなものはどんどん変わります。


いつの時代でもその時代の寵児たちが
最初に出した本などを読んでみると、
タイトルこそ過激で誤解されやすい
モンが多いですが
中身を読んでみると、面白い面白くないは別にして
本当に想像を絶する努力を100%しています。


法則化してもいいんじゃねーの?
というくらい努力と根性の世界が
描かれています。


100%です。


100%とは時代に関係ない本質です。


死ぬほどの努力。


複雑怪奇なことは何一つありません。


「寝ないで働いた。」ただそれだけです。
シンプルですね。
「簡単」です。


決して「ラク」な道のりではなかったはずです。


逆に「ラク」して成功できるとどこかで
そういう世界があると思っている人に聞いてみたい。


そんな人に会ったことがありますか?
本当に「ラク」して努力せずに成功した人を
見たことがありますか?


僕は一人も見たことも聞いたこともありません。
これは法則化しても問題ないんじゃないか?
と思うくらいそんな人を知りません。


最近は努力などを示唆する言葉で
教育をしようとすると
世間から締め出しをくらう傾向があります。


こんなに大事な本質なのに。


手を変え品を変え
生ぬるく表面を変えて
まるでガラス細工を扱うように接しないと、
世間から悪人にされてしまいます。


いつから日本はそんな時代になったのでしょうか?


僕はこの時代背景と日本人の平均年収の低下は
比例していると思っています。


生易しい、耳に心地いい言葉で
「そのままでいいと思うよ~。」
「無理しないでね~。」
的な言葉で傷をなめ合ってる人たちが
はびこっています。


鬱になってしまった人には
そういう治療法が有効なのは
僕も心理カウンセリングの勉強を
したので知っています。


しかしそれはあくまでも
治療が必要な人に、です。


人間は不思議な生命体です。
環境に順応してしまうのです。
環境は人を変えてしまうのです。


健常な人が入院生活をすると病気になってしまう
という実験結果があるように
鬱じゃない人が鬱になった人向けの
言葉でお互い傷をなめ合っていると
鬱になってしまうのではないかと
本気で思っています。


僕はそういう意味で
今の日本は日本人総鬱状態であると
危惧しています。


仕事をする上で
「あなたのレベルは小学生です。」
と愛情を持って言ってあげられる人が
いなくなったら日本はさらに低所得化が進み
本質を見抜いた一部の人だけが
さらに成功する時代が来るでしょう。


ちなみに僕は昔、
「君の言う努力とは園児レベル」
と言われたことがあります。^^;


今の僕があるのはその人のおかげだと
心の底から感謝しています。


p.s.
ここまで読んでもらって
誤解する人もいないと思いますが
この記事のタイトルの「簡単過ぎて・・・」
の簡単とは「シンプル過ぎて」の意味です。
念のため。。。

 

本質を先に学ぶ理由

こんにちは
岡田です。


先日、5歳になる娘が自転車に乗る
練習をしました。
もちろん補助輪を外しての練習です。


練習に付き合ったことのある人には
特にわかってもらえると思うのですが
なんだかんだ言ってアドバイスの中で
一番多く口にするのは


「前を見ろ!遠くを見ろ!」
「怖がらずに思いっきり!」


この二つです。


乗れるようになる瞬間というのは
たいていこの二つができた時です。


つまり本質です。


練習風景を見ている周りの人も
ハンドルがどうとか、サドルがどうとか
ブレーキがどうとか、ペダルがどうとか
ゴチャゴチャと口をはさみたがります。


それ以外のアドバイスも練習する中で
いろいろと気づいてしまうと、
教える側はつい口を挟んでしまいます。


練習している本人にとっては
余計に頭が混乱し、そのことに
気をつかって下を向いてしまったり
思いっきりこげなくなったりします。


言うまでもなく、下を向いて
スピードが出ていない自転車に乗ることは
自転車に乗れる大人でも至難の業です。


まだ自転車に乗れない子供にしてみれば
自転車に乗れるようになる最大の
遠回りなるのです。


良かれと思って教えたアドバイスが
かえってアダとなります。


途中で気づくアドバイスの多くは
すでに自転車に乗れるようになった人が
後から思い返してみると


「そうやればきっとさらに上達するのを
 加速できるんじゃないか?」


そんなテクニックであり、乗れるようになる
初歩の初歩で教えることではないのです。


しかし冷静に考えて、教わる側にしてみたら
自転車に乗れるようになるための
「具体的」な練習方法が


「前をみて思いっきり行け!」


では意味がわかりません。


「もっと効果的で即効性のある
 テクニックがあるはずだ!
 それを早く教えてくれよ!」
と思う気持ちもわかります。


自転車に乗れる大人から言わせると


「もっとも効果的で即効性のある方法が
 前を見て思いっきりこぐことだよ。
 しのごの言わずに信じてやれ!」


と言いたくなる気持ちもわかります。
トンチ問答みたいですね。


主旨がずれるので教え方、言い方の是非は
ここでは問いませんが、本質という意味では
余計な情報は最初は必要ないということを
共感してもらえるのではないでしょうか?


つまり本質を学んだ後にテクニックを学ぶと
テクニックそのものが最高に活かされると
思うのです。


逆に最初にテクニックありきだと
目的すら達成できなくなる可能性が高いです。

 


これを脳の観点から考えてみました。


情報というのはインプットされると
いろいろと咀嚼されて理解され
アウトプットされます。


例えば計算機という無機質なものでもそうです。
すでに決められたプログラミング(情報)が
計算機の中に入っており、外部から新しい情報
たとえば1+3=という情報がインプットされると
必ず4という情報がアウトプットされます。


これは計算機であれば全国共通です。


しかし人間の脳はどうでしょう?


すでに脳に入っている情報は
人それぞれ全員違います。


育った環境、受けてきた教育、見てきたもの
触れてきたもの、時間的なもの
すべて全員が違います。


たとえ子供であれ、生きてきた以上
脳にはすでにその人特有の情報が入っています。


その情報をもとに新しく入ってきた情報が
咀嚼され理解されアウトプットされます。


つまり新しく入ってくる情報が同じ情報でも
人によってアウトプットされる情報や
いわゆる気付きというものが違うのは当然のことなのです。


同じ人で同じ情報でも入ってくるタイミングが
違うだけで、すでに脳に入っている情報次第で
アウトプットされる情報が違うのもこのためです。


昔読んだ本がまったく面白くなかったのに
10年後読んだら気付きだらけで感動した
なんてことがあるのはこのためです。


で、何を伝えたいのかと言えば
すでに脳に入っている情報が
良質なものであればあるほど
次々に入ってくる情報が
良質な形でアウトプットされるということです。


そこに気付くと順番的にはなるべく早く
本質的なものを脳に入れておく必要がある
ということに気付きませんか?


脳に本質的なものがきちんとした形で入っていない段階で
テクニックばかりを追い求めた結果、
悪質な情報がアウトプットされるケースが多いのは
このためです。


インターネットで情報の洪水にさらされていても
どこがどうというわけではないのですが
読んでいてなんとなく気持ちが悪い情報ってないですか?


情報そのものは間違っていないし
理論的には正しいような気がする。
だけど読んでいて気持ちが悪い。


無理矢理自転車には乗れるようになったけど
下を向いてるし、フラフラしていて頭が痛くなる。
そんな感じです。


それは本質を無視した表面的なテクニックに
走っている文章であることが多いのです。


うぅ。


今日も長くなってしまいました。


しかも難しかったかな?


理解してもらえる人はきっと
本質を理解している人だと思います。


わからない人は時間をおいて
読んでみてください。


そしてなるべく本質を言う人と
付き合う時間を長くするように
してみてください。


世の中の見方が変わったら面白いですよ。

 

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