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儲ける脳のつくり方

2015年8月のアーカイブ

先人を信じる

こんにちは
岡田です。

前回は「パクリ」に関して
辛辣に書き過ぎたみたいで
2人の方から
「厳しいですね。」
と指摘されました。

ひるむことなく
今回もその流れで
いきたいと思います。

さて、

今から数年前くらいでしょうか、
がんばることを
「顔張る」と書く人が
たくさんいました。

「これから私は頑張るではなく
 顔張ると書きます。
 言葉は言霊ですから・・・」

そのような理由を
書かれていた記憶があります。

今ではすっかり見なくなりました。
どこへ行ってしまったのでしょう?

憶測で申し訳ないのですが
きっと彼ら、彼女らの中では
なかったことにしている気がします。

他にも昔からある
漢字や慣用句を
わざわざ変えて
言い合う人たちもいました。

最高→最幸
起業→輝業
お疲れさま→お元気さま
仕事→志事

などなど。

母国語の乱れは亡国の危機。

それほど言葉というものは
重要な役割を担っているにも
かかわらず、一時の気の迷いで
流行を追いかけても
すぐに元に戻るのは当然です。

先人からの習わしというのは
やはり何か意味があってのこと。

漢字や慣用句を変える人たちが

「こっちの使い方の方が
 本来の意味に合っているから
 今日からこっちを使いまーす」

このようなことを言っては
すぐに元に戻ってしまうのは
そもそもの根拠が
思いつき程度でしかないから。

敢えて言葉や漢字を
変える必要がどこにあるのか
どうしても見出せません。

それ以上に
大人として公の場で使うには
ややみっともない感じが
つきまとうので僕自身は
今後も使うことはないでしょう。

もしかしたら若者ぶって
一瞬冗談で使うことは
あるかもしれませんが。

仕事として使う言葉は
やはり綺麗な日本語を
使いたいものです。

営業マンとして仕事をしていくと
企業の経営者と話を
することがあります。

仕事が大きくなればなるほど
大企業の経営者、つまり
この手のことに
微動だにしない人たちと
ビジネスの話をするのです。

その方たちに

 お元気さまです。
 私は輝業してこの志事ができて最幸です。
 これからも顔張りたいと思います。

などととても書けません。
恥ずかしいにもほどがあります。

他の人にこの価値観を
押し付けようとは思いません。

ただ、僕は仕事においては
使い慣れた日本語を
これからも丁寧に使いたいと
思います。

もちろんまだまだ完璧な日本語を
使いこなす事などできませんが
敢えて当て字に近い感覚で
昔からある漢字を変える事に
美しさを感じません。

p.s.
とは言っても
普段の会話で使う言葉は
ちょーひどいっす。

2種類の失敗

こんにちは。
岡田です。

世間で騒がれている
ニュースで興味深いものが
あったので今日はとりあげたいと
思います。

そのニュースとは2020年の
東京オリンピックのエンブレムの
デザインを採用された
佐野研二郎氏の
デザインパクリ疑惑で
いろいろ問題になっている件です。

いろいろ問題というのは
オリンピックのエンブレム
のみならず、他の商品などの
パクリ疑惑がいろいろ
指摘されていますね。

また、これまで取得してきた
輝かしい受賞経歴も
実は身内や知り合い同士が
相互に審査委員になって順番に
受賞するという仕組みだった
ということまで暴露され
やり玉にあがっていました。

業界関係者たちの見方によれば、
このように人為的に
スター選手を作らなければ
クライアントの期待に
応えられないとのこと。

たとえば芸能界においても
実力のない人間が
スターにさせられて
一時でもいいから人気がある
という虚像を次々に創り出し
そうすることで世間に
インパクトを与え続けなければ
広告主の期待に添えられない
そんなもっともらしい
理由がまかりとおり、
そのおかげで業界内の
魑魅魍魎が跋扈する
悪循環ができあがってしまったようです。

ある意味怖いもの知らずで
これくらいのことを
平気でやってのけなければ
生き残れない世界なのかも
しれません。

しかし、たとえ生き残れた
としても結局こういう
運命をたどるのであれば
それは延命処置に過ぎず
むしろ受けるダメージは大きいです。

所詮、業界内部においての
都合のいい言い訳に過ぎず
業界を超えた世間においては
許されなかったことは
一連の騒ぎが証明しています。

やはり実力で勝負して欲しい、
そんな残念な気持ちが
怒りを伴った騒ぎとなって
蔓延したのだと思います。

この騒ぎの事の発端となったのは
冒頭に書いたオリンピックの
エンブレムデザインの
パクリ疑惑であり
以前よりパクリがもたらす
弊害はこのブログで
何度も綴ってきました。

直近だとこの記事。


「パクリってどうなの?」
というと必ず

「じゃぁ、岡田さんは
 全てオリジナルなんですか?」

と言われます。

そんな訳ないでしょう。
僕も多大な人たちから影響を受け
教えてもらい、助けてもらって
今の僕がいます。
当たり前です。

「逆にそうじゃない人
 なんているんですか?」

と問いたいくらい。

僕が言いたいことは
パクリをしたなら
パクったと最初から
言えばいいだけ
そんな簡単なことが
なぜ言えないのかが
不思議でたまらない
ということです。

パクったというと
聞こえが悪いので
影響を受けたとか
○○によると
でもなんでもいい
とにかく情報源を
明示することが
そんなに恥ずかしいのでしょうか?

ちゃんとした書籍には
巻末に参考文献の紹介や
影響を受けた人への謝辞が
述べられている
その程度でいいのです。

それさえあれば
後から
「あの作品は誰々の作品と似ている」
と言われても
「だから最初からそう言ってます。」
で済む話です。

あとは真似された人が
それを嬉しいと思うか
嫌だからやめてね
と本人に伝えるか
真似してもいいけど
お金ちょうだい
という、それだけの話。

当人同士の問題で
世間が騒ぐようなことではない。

オリンピックのエンブレムの
デザインに関しては
一貫してオリジナルだと
主張しておりますが
他の、たとえばサントリーの
キャンペーングッズの
トートバッグなどは
自らイラストの一部を
スタッフによって模倣した
と認めているようです。

残念ですが一事が万事と
思われるのは世の常です。

さて、

これらの一連の騒ぎが
示している様に
恐らく彼はこれから人生において
大変な局面を迎えることは
間違いないでしょう。
というよりもすでに始まってますね。

成功哲学などを学ぶと

世の中に失敗などない
それは成功への過程の一部

などと言った表現をします。

僕はこの考え方はとても好きです。

ただ、今回は話をわかりやすく
するために、ここまでの事象を
「失敗」と表現したいと思います。

憶測で話を進めるのは
どうかと思いますが
僕はこのように
模倣したり、輝かしい経歴を
身内同士で作り上げるような行為は
本人も恐らく心のどこかで
「これでいいのだろうか?」
という思いがあったのではないか
と信じたいです。

「こんなことをしていたら
 いつかしっぺ返しが来る。」

デザイン業界だけでなく
人はどんな世界においても
この気持ちが芽生えた瞬間に
自己嫌悪との闘いが始まります。

それでも人は目の前の
甘い汁に魅せられて
突き進んでしまう。

それが失敗への道の選択を
することになります。

僕は失敗には
2つの失敗があると思います。

一つは

いつか自分にとって
よろしくない結果が
待ち受けていると
うすうす感じていて
それでも敢えて
やってしまった結果
やっぱり失敗するケース

もう一つは

いつか自分にとって
よろしくない結果が
待ち受けているかどうか
まったく予想だにせず
とにかく一生懸命
やってみた結果
失敗するケース

どちらを選んでも
それを乗り越えさえ
すればいいんですが、

ただどちらかと言えば
前者の失敗の方が
その後の人生において
いばらの道が確実に待っています。

後者の方が地味で
先に大変な想いをすることに
なると思いますが、個人的には
こっちの生き方の方が美しさを
感じます。

音楽家として
世間を欺いていた
佐村河内守氏も
一時は世界中から
注目を浴びていましたが
今はとんでもない
いばらの道を進んでいることと
思います。

彼もきっと事が大きく
なり始めてから
引くに引けない状態になり

いつか自分にとって
よろしくない結果が
待ち受けていると
うすうす感じていて
それでも敢えて
やってしまった結果、
やはりいばらの道を
歩むことになってしまった
のではないかと。

どちらの失敗を選ぶのも
個人の自由ですが
パクリなどというものは
こうなることは目に見えて
わかっているものの一つですから
だったら僕は
最初から情報源の明示を
した方がいいと
思いますし、

何よりも情報源への
感謝の気持ちの現れが
その人の人間性の大きさを
示していると思います。

自分の営業トーク

こんにちは
岡田です。

今日、ある企業から
電話がかかってきました。

受話器の向こうから
企業名となぜ電話をしたかを
とても丁寧にゆっくりと
話してくれている
声が聞こえてきます。

あまりに話す速度が遅すぎて
戦場カメラマンの渡部陽一さん
を想像してしまいました。

ふと気がつくと
イライラしている自分が
そこにいて、思わず

「俺って器ちっちぇー」

と昔の漫画の一コマのように
自分の頭をぽかぽかと
殴りたくなりました。

渡部陽一さんは個人的には
好きな方だと思います。

ただ、日常であの話口調を電話で、
しかも永遠やられたら
やっぱりちょっと・・・・^^;

よく、営業マンは
早口になりがちだから
ゆっくり話しなさい
と言われますが、
遅過ぎるのはそれはそれで
どうなの?と思います。

電話営業は声が命です。

電話の相手は
音だけでしか印象が
判断できないんです。

暗い声は致命的ですが
明るすぎても
きっと鬱陶しさを
感じてしまうでしょう。

同じ様に

声のスピードも
まくしたてるような早口だと
すぐに切られてしまいます。

逆に渡部陽一さん並に
ゆっくり過ぎるのも
いかがなものかと。

結局のところ
バランスが大切・・・
というところに落ち着きます。

しかしこの「バランス」
という言葉、
なかなかのクセものです。

非常に便利な言葉ですが

「バランスがいい」

っていったいどれくらい
でしょうか?

きっと誰も正確には
答えられないと思います。

つまり本人が

「バランスがとれている」

と思えばそれがちょうといい
スピードであると。。。

しかし・・・・

自分はバランスがとれていない・・・
と自覚している人は
あまりいないと思われます。

逆に

自分は常識的だ!
自分が一番スタンダードだ!

みんなそんな風に生きてるのでは
ないのでしょうか?

そういう話題を意識している時、
人は

「自分は変わり者だから。」
「常識にとらわれるのは良くない。」

などということが多いです。

しかし

気を抜いた日常の会話では

「それが普通でしょ?」

とか

「あいつは常識のないやつだ。」
「あの人変わってるよね?」
「あの人ってどうなの?」

みたいに他人の非常識を
指摘したがります。

つまり自分が常識であると。

自分が基準となっている時点で
バランスを欠いているにも
かかわらず。

だとしたら早口の人は
自分は決して早口だと
思っていないし
ゆっくり話す人は
ゆっくり話していると
思っていない。

その可能性が高いのです。

なんとなくはそう思っていても
それはバランスのとれた
範囲での誤差程度しか
思っていない。

正解と呼ばれるものがない中で
それでもバランスがとれた
話すスピードを求めるのであれば

それは自分以外の誰かに一度
話す速度をチェックしてもらう
しかないと思います。

バランスがいい
などというあいまいな
言葉だけで自分を
ごまかしていないで
一度客観的に把握すればいい。

そして
それを自覚した上で
自分で決めればいい

そんな風に思います。

それでお客さんに嫌われようが
売れないという結果が
ついて回ろうが
それは本人が選んだ道です。

僕が電話営業していた時は
とにかく横からの先輩の
チェックが激しかったのを
覚えています。

当時は

「いちいちうるさいなぁ。」
「自分なりの話し方でいいじゃん。」

と思っていましたが
ICレコーダーに
録音して聞いてみると
あまりにひどい
自分の営業トークに
愕然とします。

他人にチェックしてもらい
他人の意見を素直に聞いた方が
「売る」
という点においては
総じて良いことがあります。

だから僕は
話す速度や話し方、明るさなどを
まずは一度、
客観的に指摘してもらう
ことをオススメします。

実際やってみるとわかりますが
意外と恥ずかしいです。
特に知り合いに指摘してもらうのは。

それでも最後は
決めるのは本人です。

「そういうの、めんどう^^;」

という気持ちはわかりますが
こんな些細な変化を意識する
だけで、売上げって
変わるもんですよ。

売れない苦しさから
抜け出せるのなら
この程度の恥じらいは
さっさと体験してしまった方が
後から大いに仕事で楽ができると
確信しております。

誰かに営業トークを
聞いてもらって
どこがどう聴きづらいのか
などを教えてもらうことは
長い目で見て大きな財産に
なりますよ。

端的

こんにちは
岡田です。

僕のブログは
文章が長いから読む気が失せる
と良く言われます。

すみません。

長いか短いかより
面白いかどうか?

が大切だと思いますが
どう思いますか?

というわけで
これくらいのボリュームでいいのかな。

こんなんで次回を楽しみに
してもらえるのかな?
という疑問を残しつつ。

では。

p.s.
これならtwitterでよくね?^^;

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