メルマガ登録! 仕事や営業の
コツを
毎日4秒で
読めます
Blog
儲ける脳のつくり方

2016年3月のアーカイブ

出版に興味のある方

こんにちは
岡田です。

ここ十数年、
空前の勉強ブーム
だと言われています。

勉強好きな方が多く
そして僕自身も
多分に漏れず
勉強が好きです。

残念なことに
学生の頃は
この気持ちが
なかなか芽生えない
ものなんですね~^^;

それはさておき
この勉強ブームのおかげで

多くの方が自分には
関係のない世界
と思っていたであろう

「本を書く」
「出版する」

ということが
意外と現実的な
世界になったのでは
ないでしょうか?

僕の周りでも
たくさんの方が
出版をしています。

さて、いざ本当に
出版をするとなると
気になるのが
その評価だと思います。

本の評価というのは
一般的には2つの要素で
決められると思います。

一つはもちろん内容。

書いてある内容が悪ければ
当然のことながら
評価は下がります。

この点に関しては
説明する必要もないかと。

2つ目は
なんだかんだ言っても
やはり販売部数が
その本の評価に
寄与したりします。

売れているということは
良いと思う人がたくさん
いるのだからきっと
内容も良いに違いない
と。

この辺もわざわざ
説明しなくても
いわずもがなですね。

わかっているからこそ
販売部数を伸ばすことで
さらに高評価を受け、
多くの人に買ってもらえる、

そうなるのは
自然の流れであり

だからこそ
最初の販売部数は
なんとしてでも
伸ばしたいところです。

そこで多くの出版会社や
著者たちは
キャンペーンを組み
特に販売直後の
部数を伸ばすために
試行錯誤をします。

場合によっては
自分で書いた本を
自分で大量に買い込んで
部数を伸ばすことまで
します。

僕はこの行為に関しては
否定的ではありません。
人間ぽさすら感じます。

特に初めて出版した
人であるなら
そうしたくなる
気持ちもなんとなく
わかります。

ただ何年か何十年か
経ってから恐らく
「ムダなことしたな」
と思う気もするんです。

あくまで憶測の域であり
個人の思いです。

なぜムダなのか。

たとえば初版で
5000部売れるのと
5300部売れるのと
読者からしたら
違いはあるんでしょうか?

しかもそのうちの300冊は
自分で買っているので
口コミなどの
広がりがありません。

本棚に飾られるどころか
段ボールに入ったままです。

親しい人たちは恐らく
買ってくれているので
献本しても意味がないし。

かと言って大して
親しくもない人に
献本しても
それはそれで
読んでくれないでしょう。

amazonランキングが・・・

という人も
まだ見かけますが
amazonランキングが
理由で買う人って
まだいるんでしょうか?

「へー、すごいね」

とは思うかもしれませんが
それが理由で買う気にさせる
威力があるようには
思えません。

ではどうしたらいいか。

どうせ大量買いするなら
自分の本ではなくて
他人の書いた本を
色々と買った方がいい
ということです。

少なくとも
違う内容を読めますし
違う世界に触れられ
世界が広がり
可能性が広がります。

その感想を友人に話したり
著者本人に感想を送ったり

そっちの方がよほど
お金の使い方として
有意義な気がします。

もちろん金銭的に
その分だけ
自分の書いた本を
大量買いできなく
なりますので
当然自分の書いた本の
部数は減ります。

ただ先ほども書きましたが
5000部と5300部の
違いなど世間から見たら
「無い」に等しいです。

一方で他人の書いた本を
買い、読み、感想を
友人や著者本人に
伝える事でどうなるか?

いざ自分が本を出した時に
何百冊も本を読み漁ってる
人が書いた本はきっと
面白いに違いないと
買ってくれるかもしれません。

自分の書いた本を
買ってくれて
感想まで送ってくれた
その人が今度
出版したのであれば
お礼も兼ねて
購入してくれるかも
しれません。

できれば読みたいし。

要は自作自演ではなく
普通に買ってくれる
可能性が広がる
ということです。

ただし、この

どうせ買うなら
自分の本を
大量に買うのではなく
他人の本をたくさん買う

という行為は自分が
出版してからでは
遅いです。

出版する前から
こういうことを
しておかなければ
なりません。

なぜ今日はこの話を
いつまでも繰り広げるのか・・・。

これは出版だけの
話ではないからです。

普段の営業活動も
そうだからです。

たとえば飲食店。

自分でお店をオープン
したとしましょう。

最初の出だしが肝心だ
と思って大量に食材を
仕入れても
それを自分で食べていたら
意味がありません。

お腹が病的に
満たされるだけです。

一方で

オープンする前から
親しい人のお店に
友達を連れて行き
食べて、感想を言って
おいしければ紹介もする

こんなお金の使い方を
していれば
少なくともそのお店の
オーナーやスタッフさんが
自分が開店した時に
お祝いに食べに来てくれて
そして紹介もしてくれる
かもしれません。

繰り返しになりますが
可能性が広がりますよね。

同じお金の使い方でも
未来を感じることができます。

肝心なことは
自分が必要な時に
それをやり始めても
遅いということです。

普段からやっておく。

よく

「先に与える」

と言いますが
そういうことです。

ただ、これだと
なんだか自分が
いざという時に
助けてもらう事を
目的として
普段から買っている
ような気がして
なんだか気が乗らない
という人もいるでしょう。

僕はこれだけでも
やらないで不満を
もらしている人より
やった方が人として
何倍も魅力があると
思いますが

それでもちょっと・・・

という方には
さらに魅力的で
インパクトがあるのに
自然な方法があるのですが
長くなるので
今日はこの辺で
やめておきます。

どうしても知りたい方は
どこかで会った時にでも
聞いてください。

成長を阻害する要素

こんにちは
岡田です。

目の前に壁があると
どうしても人は不安に
なってしまいますよね。

僕は壁にぶちあたると
「ピンチはチャンス!」
なんて瞬間的には
心の底から思えないです。

3秒くらいしてから
「あ、いかんいかん」
と思って
「これはチャンスだ!」
と自分に言い聞かせたり。

3秒ならまだ良い方です。

半日くらい
「マジかよ~。おい~。頼むよ~。」
とグチグチ言いながら
10分おきに
「はぁ~っ」
とため息の連続。

それでもまだウジウジ
言いながら、
恥を忍んで人に感想や
アドバイスを求めたりします。

「ど、ど、どう思う?」

と。

それに対して
親身になって感想を
言ってくれるのは
とてもありがたいです。

ただ、その内容はどうしても
自分が責められてるようで
なんだか居心地が悪いのです。

そこでその居心地の悪さから
逃れる為に

「それは△△で、○○が××だから
 仕方がないんですよ~。」

みたいな言い訳を
ついついしてしまいます。

すると感想を言った人が
今度は自分の感想を
否定されたようで
居心地の悪さを感じます。

「だったら○○すればいいのに!」

と関係性が悪くなった状態で
正論をかぶせてきます。

そんなことは言われなくても
わかっている。

それができないから
聞いてるのに・・・。

みたいな悪循環に
入ってしまいます。

これ、

逆の立場になると
よくわかるのですが・・・

感想を求めた時点で
その感想はあくまで
その求められた人の
感想のはずです。

感想は感想なので
内容は自由でいいはず。

相手にとって都合のいい
感想を言う必要が
ありません。

それなのに
感想を否定するって
よくよく考えると
ものすごく失礼ですよね。

しかもその感想は
押し付けてた
わけでもなく
自分が求めたから
言ってくれただけなのに。

もう謝るしかないです。

人に感想やアドバイスを求めて
それに対して言い訳をする。

その時点で自分の成長を
自ら断ち切るようなものです。

成長を阻害するのは
環境ではなく
常に自分が招いている。

そう考えると
感想を聞くとき
アドバイスを求めるとき
「気軽に」
聞くことそのものが
もしかしたら
成長を阻害する
きっかけなのかも
しれません。

もし聴くのであれば
心して、全てを
一度は受け入れる
覚悟をもって聴く・・・。

その瞬間から
成長を感じられる
かもしれません。

p.s.
逆に求められてないのに
アドバイスを言うのは
いくら良かれと思っても
受け取る側が何も
吸収するつもりがないので
言う側の価値観の
押しつけで終わります。

万策尽きたら?

こんにちは
岡田です。

営業というものは
特に今の時代、
努力と根性「だけ」では
大きな成果は期待できません。

・・・が、

努力と根性がなければ
成果は出ないと思います。

そして

努力と根性だけで
ある程度の成果は
出せてしまいます。

死にものぐるいで
頑張っているのに
まったく成果が出てない人を
僕は未だかつて
見た事がありません。

もし全く話にならない成果しか
出せていないのであれば
まず最初にすることは
ただ一つです。

それは

どこか手を抜いていた自分を
認めることだと思います。

そして

一度は死に物狂いになってみることです。

そうすることが一番の
正解かどうかは
わかりませんが
少なくともそれで

「まったく変わらない」

ということはあり得ません。

殆どの人がそれだけで
人並み程度の成績は
おさえられると思います。

そこから先はさすがに
努力と根性だけでは
どうにもできない世界が
待っていると思います。

でもその前に、まず
シンプルにやれることが
あるんです。

色々考えてみたけど
もう!どうしていいかわからない!

そんな時は難しく
考え過ぎているだけなので
とにかく体を動かしてみては
いかがでしょうか?

パンフレットとチラシの違い

こんにちは
岡田です。

パンフレットを見て
買う事ってあると思います。

でも、よーく
思い出してみてください。

パンフレットを見て
欲しくなったり
買いたくなった気で
いるかもしれませんが

そもそも

パンフレットを見る時は
すでに何かを探していたり
買う気分になっている時が
ほとんどだと思うのです。

特に、その商品のことが
親切丁寧に細かく情報が
たくさん掲載されている
分厚いパンフレットや
カタログなどを見る時は

すでに買う事がほぼ決まっていて
その商品を「確認」するために
見たり読んだりすることが
多いと思います。

この商品で間違いないのか。
買って損をしないのか。
他に気に入る色がないか。
もっと自分に合った機能や
価格帯のものがないか。

いずれにしても
まったく情報がない中で
偶然手にして、
なんとなく読んでいて
たまたま欲しくなった
という状況は
実は少ないのでは
ないでしょうか?

でも僕たちは
カタログやパンフレットって
日常で良く見たり読んだり
しています。

繰り返しになりますが
それは「確認」の作業の方が
多いのです。

サイトと同じですね。

その商品のサイトを
探して読んでいる時というのは
読んでいるうちに
欲しくなったと
思っているかもしれませんが

実は「確認」のために
読んでることが多いのです。

何も欲しいと思っていない時や
その商品を考えていないのに
欲しくなってもらうには

その商品の細かい機能などの
情報がたくさん載っている
カタログやパンフレットより

チラシ

の方がいいです。

ぱっと見て思わず読んでしまった。
読み終わる頃には欲しくなった。

欲しくさせるのは
機能が載ってるパンフレット
ではありません。

効果を気づかせてくれる
チラシです。

この段階を経て
欲しくなったら

もっと詳しく知りたい!

という段階に入ります。

そうなったら
パンフレットの出番です。
カタログので出番です。

わかります?

カタログやパンフレットを
持ち歩いて、
それを置いて帰って来ても
欲しくなる確率は少ないです。

その前に
まず読まないでしょう。

それよりも
「欲しくさせる」
「必要だと思ってもらえる」
チラシを作った方が
効果的です。

チラシとパンフレットの違いを
明確にわかっていれば
使い方も当然変わってくるので
当然書く内容も変わってきます。

このチラシは何の目的で
作成されたものか、

このパンフレットは何の目的で
作成されたものか。

考えてみると自ずと営業トークも
変わってくると思いますよ^^

お客の権利を最大限行使するには

こんにちは。
岡田です。

お客としての権利を
どこまで行使していいのか?

ということを考えた事が
あるでしょうか?

たとえばクレームや文句。

お金を払ったんだから・・・と
どこまでも自分の都合だけを
主張する人が多いです。

たしかに文句を言う権利はあります。
お金を払ったのだから。

ただ、その権利を
思う存分行使すると
どうなるのでしょう?

状況は悪化するだけです。

「泣き寝入りをしろ!」
と言っているのではありません。

もしどうしても文句を言いたいなら
相手が良くなる事を願って
教えてあげればいいだけです。

つまり、文句を言った事で
相手が気づきを得るような
そしてその先には
感謝されるような
「言い方」を心がけた方が
良いということです。

自分の主張を押し通す
ことだけを目的にして
文句を言った場合、

たしかに主張が通り、
目的は達成されるかも
しれません。

しかし、その後は
その文句を言われた人からの
支援や協力は一切
期待できないでしょう。

まぁ、状況が悪化してますから
逆にその人からは
もう支援や協力は
逆に望んでいない状況に
なっているので
それはそれでいいでしょう。

ただ、それだけで
ことが収まるならいいです。

そうならないのが世の常です。

その噂や話は絶対に
その場だけでは留まりません。

自分がそのことを
周囲に悪く言う様に

自分のことも
文句を言われた人によって
周囲に悪く言われています。

つまり自分で自分が
悪く言われるように
しているのです。

さらに言えば

お金を払ってまで
何かを頼んだということは
自分にはそれができない
ということです。

その何かをやってもらいたかったら
他の誰かに頼まないといけない
その状況は変わっていないのです。

お金を払えば誰かがやってくれる
のはお互いの関係が良好か
ニュートラルな関係の場合のみです。

お金を払う以前の問題で
「あの人が、噂のあの人か・・・」
と知れ渡った状態では
どんなにお金を用意しても
誰も何も協力してくれないでしょう。

ましてや・・・

お金を払って
いないのに
してくれたことに
文句を言う人・・・


いるんですよ^^;

「そんな人、この世にいるのか?」

と思われるかもしれませんが
そういう人は意外といます。

そしてそれは
もしかしたら

あなた

もそうかもしれません。

「いやいや、ないない。」

と言いたい気持ちはわかります。

しかし本当に思い当たる節は
ありませんか?

たとえば・・・

家族に対して。

どうでしょうか?

母親がしてくれた何かに対して
文句を言った事はないですか?

もちろん僕も文句を
言ったことのある一人です。
しかも数えきれないくらい^^;

ふと思うのです。

家族に対して
無償にもかかわらず
してくれたことに
文句を言う人は
それが普通になり

外の世界でも
お金を払う払わないに
かかわらず
人への感謝が少なく
なるのかもしれません。

僕は感謝ができない人は
家族に対して甘えてる人が
多いのではないか?
という仮説を立てています。

家族仲が悪い人ほど
外で感謝ができない人が
多いんじゃないかなぁと。

そこにお金を払う払わないは
関係ありません。

果たしてこの仮説が本当かどうか。

良かったら調べてみてください。
調べると自分の生き方が変わりますよ。

僕はお客としての権利を
最大限に行使したいのであれば
文句を言うのではなく
感謝をすることだと思います。

まずは家族から。

Blog Menu ブログメニュー

NEWS & SEMINAR お知らせ&セミナー情報

このページのトップへ