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儲ける脳のつくり方

2016年6月のアーカイブ

この考えが古いらしい

こんにちは
岡田です。

今子供が中学3年生です。
受験です。

通っている塾の進行が
遅いようなので
塾を変えたいという
申し出がありました。

今まで勉強のことなんて
滅多に口にしなかったのに
自ら勉強のことを
気にするなんて・・・

親としては嬉しいです。

・・・が

塾の変更は認めません。

さて、なぜでしょう?

勉強ができないことを
自分の外部のせい、
つまり塾のせいに
しているからです。

今回たとえ塾を変えたとしても
また勉強ができない理由を
いくらでも探してくるでしょう。

もしかしたら塾を変えれば
良い学校に入れるかもしれません。
その可能性は否定しません。

しかし長い人生で
たった3年間
一つ上のランクの高校に
行けることと

その後の人生において
外部のせいにしないで
自分の力でどうにか
しなければ始まらない
人生の厳しさを教えるのとでは
僕は圧倒的に後者派です。

もしかしたら
僕が親として頑に
塾を変える事を
認めなかったために
人生が大きく狂ってしまう
可能性も多分にあります。

子供が不幸になるかも
しれません。

僕のことを恨むかも
しれません。

それでもいいのです。

もしそうなったら
自分の力不足を
親のせいにしている
ということになります。

いずれにしても
外部のせいにしているうちは
大人になってから
自分の足で
厳しい世の中を渡り歩く
ことができなくなります。

逆に言えば

塾を変えた事で
良い学校に受かる

もしそんな方程式が
成り立つのであれば
それは親の経済力のおかげだし
塾の先生の手柄です。

良い高校に入る事を
目的にすると
それをするための手段を
大人ですら安易にとりがちです。

その時は
親は満足するかもしれません。
塾も満足するかもしれません。

しかし大人は子供より
先に死ぬのです。

それなのに子供が
自分の足で歩けるようになる
その未来を奪う事なんて
とてもできない。

塾の存在自体は何も悪くない。
むしろありがたい存在です。
もちろん良い塾、悪い塾
あるのかもしれません。

でも万人に悪い塾って
今の世の中見つける方が
大変だと思います。

似たり寄ったりの中で
多少の良い悪いでしか
ないと思うのです。

だとしたら塾を変える
そのパワーは
自分が勉強することに
注いだ方がいいと思うのです。

それさえできれば
塾なんて自分の人生の
補佐にすぎませんから
どこでもいいように
思えてきます。

本当は塾に行く
必要もないかな?

と思っていたのですが
その辺は親ばかでした。

自分から
塾に行きたい!
と言って来たので
つい嬉しくなってしまい
最初の願いだけは
親として手助けしてしまいました。

しかし

塾を変えたい!
という願いは
人生の先輩として
叶えてあげません。

営業の世界も一緒です。

環境のせいにしているうちは
いつまでたっても
売れる様にはなれません。

売りやすいエリアを与えて
大幅値引きの決裁権を与えて
新車の営業車を与えて
完璧な営業トークを
教える上司がいたら
確かに売れる様に
なるかもしれません。

しかしそこには
自分で売る力を
身につけようとする
スピリットはありません。

売れるようになる要素が
すべて自分がコントロール
できる「外」にあります。

それはその人じゃなくても
誰でもできる
ということになります。

その人がどんな市場でも
売れる力を身につけて、
もしくは自分の力で
売れる市場を見つけてきて、

それらができて初めて
役職というものを与えられ
会社の経営に近い所に行く事、
つまり出世ができるのです。

自分で売る力を身につけ、
初めてのところへでも
開拓する精神があり

初めてやる仕事でも
どうにかしようとする
まさにそれらのことこそが
未来を作る仕事でもあるのです。

それができない上司は
たとえば
世の中が悪い
政治が悪い
景気が悪い
商品が悪い
お客が悪い
とできない要因が
外部にあることを指摘します。

だから良い環境を
会社が用意してくれなきゃ
売れるわけがない
そんな言い訳ばかりを
連呼している、

そのような上司に部下は何か
相談できるでしょうか?
解決の糸口は見つかるのでしょうか?
会社の未来はあるのでしょうか?

そもそも
上司になれるのでしょうか?
いや、もっと言えば
会社に居させてもらえるのでしょうか?

僕は高校3年間のためだけに
そんなこともできない人間に
なってしまうくらいなら
高校なんて行く必要はない
と思っている人種ですから
子供は大変ですよね^^;

でもその辛さがいつか
仕事や人生に反映されることを
願っています。

家族とは「世間」の
一番小さい縮図です。

家族の中で一見
その理不尽さと思える波を
乗り越えられなければ
世間でたくましく自立できる
人間にはなれないでしょう。

どの塾であっても
どの会社であっても
上には上があるし
下には下がある。

外部要因の上を探し求めずに
自分が上昇することだけを
フォーカスして欲しい。

営業力を身につける第一歩

こんにちは。
岡田です。

僕がサラリーマン時代に
そこそこの役職に就き始めた頃
人を採用するという
仕事もし始めました。

今思い返しても何人面接をして
何人採用したか覚えていません。

たぶん面接の数だけで言えば
数百人です。

いろんな人がいました。

ここはハワイか?
と思ってしまうくらい
ビーサン、短パンで
来る人もいれば
早稲田、慶応卒みたいな
偏差値エリートまで。
さすがに東大はいませんでした。

基本的に中途採用が
多かったので
前職では何をされていたか
質問することが多かったです。

さまざまな職種の方が
面接に来られました。

変ったところでは
陶芸家、漫画家の助手
自衛隊員、探偵見習い
などなど。

前職を活かすことを
あまり考えずに
「営業職」を希望されて
面接に来られる人が
多かったです。

本音で営業職を
希望されていたかどうかは
わかりません。

面接で有利にもっていくために
「営業をやりたい!」
と言っていたのかもしれません。

真意はさておき
いずれにしても
面接時に一様に
口にしていたのは

やっぱり「売る力」がないと
ゆくゆくはみじめな思いをする、
そのことを思い知らされて
営業力を身につけたい

とのこと。

前職で仕事そのものが
売るコトと離れた位置づけ
であったとしても
ビジネスである以上
どこか売るという一面を抜きに
その仕事は存在し得ないのです。

たとえ職人であっても
その商品が売れなければ
食べていけません。

それをいったい誰が売るのか?

と言えば代わりに売ってくれる人が
いなければ本人が売るしかありません。

前職で職人質の強い仕事で
見習いのような位置づけで
あればあるほど
「売る」という作業に近いことを
させられるわけです。

当然です。

しかし営業なんてやったことがない。

どうやって売っていいかわからないし
師匠や先輩も
営業のプロではないので
「とにかく売ってこい。」
「いいから売ってこい。」
的なことしか教えてもらえない。

芸を盗むのと同じように
見て覚えろ
と言わんばかりに
何も教えてくれない。

しかし見ると言っても
主な仕事は営業ではないので
タイミング的に営業の現場を
見るのは月に3回もない。

そんな状況で
見て覚えるなんて
不可能に近い。

それでも仕事を一生懸命
やっていても
給料は増えずに
というか生活がとても
できないレベルの給料しか
もらえず、
結局は辞めざるを得ない。

つまるところ
ビジネスというものは
売る力が最終的には
モノを言うということを
思い知らされた・・・

そんな理由で
営業職を希望しました!
という人が多かった
記憶があります。

ほとんどの人がそのような
理由だったのですが
僕が採用するかしないか
を決めていたのは
次のような基準でした。

その人がただ愚痴で
上記のようなことを
言っていた場合は
もちろん不採用。

愚痴ではなく
あくまで理由として
そのことを説明して

だからこそ自分が
営業力を身につけることで
今後生き抜いていく力を
身につけたい
という方は採用しました。

営業と言う仕事を
心の底から学びたかったか
どうかは別にして、

一度でも自分がみじめな
想いを持たれた方は
営業に関して
貪欲に学ぶ姿勢が
感じられます。

入社後も気になっていたので
たまに声をかけるのですが

お客さんに
ボロクソに断られて
今日も成果がなかった・・・

という状態でも
その成果がなかった状態に対して
諸先輩がいろいろと
対策を教えてくれることが
救いだったようです。

営業会社のいいところは
隣に座っている人が
ライバルでありながら
最大の味方であることです。

今日ダメだったとしても
明日やることが
明確にわかっている、
成長の道しるべがある、
という安心感から
へこたれない人が
多かったです。

自分で考えてもらうことも
もちろん大切です。
敢えて教えないことも
たくさんありました。

しかし完全放置は
ネグレクトです。

漆黒の闇に置き去りにするのは
たとえ大人であっても
身の危険を感じるようです。

今は明るくなくてもいい
せめて一筋の光があれば
その光をもっと明るくすればいいだけ。

僕ら営業の先輩は
光の存在を示すこと
そしてその光を
もっと明るくする術を
見せてあげればいい。

あとは自分たちで
工夫してもらうだけ。

何かを手とり足とり
教えてあげるのは
幼児までです。
大人は自分たちで。

おかげで営業という仕事に
楽しさを覚えて
前職に戻りたい
という人も少なかったです。

それがいいことなのか
どうなのかはわかりませんが。

僕は今、営業という仕事に対して
一筋の光を示すことを
本職にしています。

一筋の光がどんな光なのか?

営業をしたことがない人
経験者でもちゃんと
営業を教わったことがない人
今のやり方に不安のある人

特にこれらに当てはまる人で
営業を学びたい人に
毎月第一火曜日にセミナーを行い
その中で光を少しずつ
紹介しております。
ぜひ一度その光をご覧ください。

https://www.facebook.com/events/1712359589002724/



毎月行なってはいるものの
毎回違うテーマですので
聴きたい内容はどんどん
通り過ぎて行きます。

営業という仕事は
簡単ではありません。
知識も作業も
やらなければならないことが
膨大にあります。

少しずつでもかまいません。
いや現実には少しずつしか
出来ないでしょう。

だからこそ
一刻も早く覚えた方が
のちの成果は著しく
変わります。

もしいつか営業を学びたい
と思っているのであれば
お早めにお越しください。

思い立ったが吉日です。

続き物ではありませんので
いきなり参加しても
わかるようになっています。

参加していただければ
何かが変わります。
その何かはすぐにわかります。
https://www.facebook.com/events/1712359589002724/

最先端のマーケティングを凌駕した超戦術

こんにちは。
岡田です。

懇意にさせてもらっている方が
お店をリニューアルオープン
させました。

お店の業態は青果業、
八百屋さんです。

この八百屋さん
創業が昭和9年ですから
82年?83年目?
とにかく歴史が超超超長い。


http://www.yaoya-honjin.com/

たくさんあった商品も
あっというまに
買われて行きました。



昔ながらの八百屋さんに
なぜか最新ロボットも^^;


昔は青果業を専門で
やってるお店というのは
結構あった気がします。

しかし今はスーパーや
コンビニのコーナーで
野菜や果物が販売されており
専門店としての業態で
継続しているお店はあまり
見かけなくなりました。

今後、八百屋さんって
やっていけるの?

と思う方もいらっしゃると
思いますが、
僕はこのお店に無限の可能性を
感じています。

理由はいくつかあるのですが
一番の理由をあげるとしたら
もうこれしかない!
というものがあります。

さて、なんでしょう?

歴史?

たしかにそうですが
僕が思う理由とは違います。

専門店であること?

たしかに専門店の強み
というものはありますが、
それだけではありません。

後継ぎがいる?

すでに後継者も決まっていて
一安心。
ですがそれが最大の理由では
ありません。

立地がいい?

立地はまぁ中の下くらいですかね。
極端に悪いとは言いませんが
決して良い方ではありません。

安い?

安いんですよ。
安いのは確かにお客さんに
とってはいいことですが
安過ぎるので
無限の・・・・というほどの
可能性は感じません。

ひょっとしてロボット?

正解!
と言ったら面白いですが
まったく違います。

残りはなんだろう?
と考えるとなんとなく
わかってきたと思います。

そうです。

人です。

このお店を切り盛りする
女将さんがとにかく
ガンバリ屋さん。

とにかく、とにかく、
一生懸命で、いつも
走り回っています。

僕がもしこのお店の女将さんから
「何かご要望はありますか?」
と聞かれたら真っ先に
言いたいことがあります。

それは

「頼むから、1日でいいから
 ゆっくり休んで下さい。」

ということです。

要望というよりも
懇願のレベルです。

立地条件がいいわけでもない、
扱っている商品が
希少価値のあるものでもない。

それでもお客さんが
開店前から並んでいるのは
歴史がなせる技でも
価格が安いからでもなく
ましてや
ロボットがいるからでもなく

ひとえに

どんなに大変でも
つらくても
頑張っていて、
しかも笑顔を絶やさない
女将さんの人柄に
惹きつけられているから
だと思うのです。

お店を営む人ががんばる・・・

当り前の事かもしれません。

がんばったところで
お客さんの損得には
関係ないことかも
しれません。

関係ないのに
なぜか惹きつけられる。

この理論では説明できない
なにかがある。

だからこそ僕はここに
無限の可能性を感じています。

今後、どんなご時世が
待っているかわかりません。

しかし

どんなご時世であっても
何をやっても
うまくいかないわけがない。

リニューアル時に
僕も顔を出させてもらいました。

僕は普段、野菜や果物を
買うことはありません。

でもこのお店に行くと
買いたくなるのです。

もちろん今回も
買ってしまいました。

ちなみに何を買ったか
まったく覚えていません。

何を買ったか覚えていないのに
すごくいい買い物をした気に
なるのです。

安かったのか
高かったのかも
正直わからないです。

ホテルのような
高待遇の接客をされたか?
と言われれば
「ノー」です。

これってすごくないですか?

何を買ったか覚えておらず
安いか高いかもわからない。
でも満足度が高いって。

ちなみに嫁さんに聞いて
後からわかったことですが

「安過ぎる!
 もっと買ってきて欲しかった!」

と言われました。

もうこれでダブルパンチです。

スーパーやコンビニでも
同じものは買えます。
(しかも嫁さんに言わせると
 スーパーの方が高いらしい。)

でもここまでの満足度は
ありません。

結局、商売というものは
どこまでも
「人」なんだな
と改めて思います。

このお店に行って
マーケティングや
経営戦略、戦術を
盗みとろうと思って
訪問しても恐らく
表だけ見ていても
わからないでしょう。

しかし女将さんの行動を
見ているだけで
学べるものは
あると思います。

商売ってこういうことなんだな

とシンプルに思う事でしょう。

今回、敢えて女将の写真は
撮りませんでした。

もし気になる方はぜひ
一度行ってみてください。
http://www.yaoya-honjin.com/

先に与えるの落とし穴

こんにちは
岡田です。

ビジネス書、
特に営業の本や
自己啓発に関わる
本を読むとたいてい
「先に与えなさい」
と言った内容のことが
書かれてあります。

今さら説明するまでも
ありませんが、
give & take の
giveのことですね。

昔から言われており
特に再注目を浴びてる
わけではありません。

ただちょっと気になった
ことがあったので
今日はその辺に
触れてみたいと思います。

いろんなところで
いろんな人が
「先に与える」
と良い続けてきたおかげで
最近は先に与える人が
増えて来たような気がします。

とてもいいことだと思います。

ただ一つだけ問題があります。

先に与えるのはいいですが
先に与えた結果
後から何も得られないと
怒り出す人がいるんです。

これって傍からみてると
滑稽なのですが
当事者はまったく
気づいていません。

与えた相手に対して
「あなたも僕に与えるべきだ!」
というスタンスを
狂信しているような
感じです。

確かに時系列的には
最初に与えてるかも
しれません。

しかし気持ちという意味で
考え直してみましょう。

先に与えたらあとから
何かが与えられる・・・

この考えをした時点で
先に誰かから何かを
奪おうとしているのです。

つまり精神的には
先に与えていない。

こういう人は
後からでも与えられなければ
怒りたくなるんでしょうね。

先に与える

確かに良い言葉ですが
「先に」
って言葉はいらない気がします。

「先に」という言葉があると
「後からどうなるの?」
という思いが
どうしても見え隠れします。

「売れる様になるためには
 どうしたらいいですか?」

「先に与えなさい。」

売れる様になるためには
という先に結果を欲していて
だから「与える」のであれば
先に与えている感じは
しませんね。

売れる様になろうが
なかろうが
「与える」
余裕がある人を
信頼しやすいと思います。

先だろうが、
後だろうが、
あの人はいつも
与えてばっかりの人だ!

そういう人から買いたい
気持ちが大きくなると思います。

元大阪市長橋下徹氏の講演

こんにちは
岡田です。

昨日、橋下徹氏の講演を
聴いて参りました。

 

久しぶりに「面白いっ!」と思った講演でした。
内容も人を惹き付ける話し方も
一流ですね。
さすがです。

この講演を聴いていて
僕なりに感じた事は

実行力

に尽きます。

彼の人間性や倫理観は
どちらかといえば
ダメな方の人間だ!
と本人が言っています。

しかし

政策をたてたり
それを実行に移す
行動力はあった
と言っていました。

僕は大阪市民ではないので
その詳細や
実際の変化などを
感じることは不可能ですが

彼のすがすがしい顔つきに
発言そのものに嘘はない
と信じることができます。

市や県、国など、また
学校や会社、はたまた
ビジネスで言えば
顧客との関係など
一つのコミュニティで
まつりごとを任せる
には彼のような
実行力のある人がやると
世の中変わるのだろうな
と思いました。

そうはいっても大阪都構想
という志半ばで
くじけたことは残念ですが
民主主義のルールに則り
市民に信を問うた結果
身を引いたことは

独裁者にならず
地位や権力に固執せず
保身しなかったことが
彼なりの価値の置き方
だったのでしょう。

僕は政治という仕事に
さほど興味はありませんが
一つの仕事を
情熱を持って突き進む
仕事スタイルは
改めて触発されました。

政策の在り方や、
そもそも人として
リーダーとして
賛否両論あるようですが
少なくともかつて政治家として
ここまで行動していた人を
僕は知りません。

お辞めになった今でも
そのエネルギーは高く
人を惹き付ける魅力は高かったです。

こういう人は
どんな仕事であっても
たくさんの人が
ついて来て
協力してくれるので
大きな成果に
つなげることが
できるんだろうなと
純粋に思いました。

たしかに反対勢力も
たくさんいます。

しかし反対勢力は
たくさんいるだけで

その一つ一つの力が
小さいのはなぜか?

その一つ一つにエネルギーを
感じられないのはなぜか?

を考えると
その人たちの
行動力、実行力が
残念ながら圧倒的に小さい
という理由に
どうしてもたどり着いて
しまいます。

「アイデア自体に価値はない。
 思いついたらとにかく行動せよ。」

とGoogle創業者ラリー・ペイジ氏
も母校の講演でこの言葉を
学生に伝えています。

アイデア自体に価値が
あるかないかはさておき
「とにかく行動せよ!」
という言葉には
大きくて重い価値を感じます。

僕も過去を振り返った時に
行動に移せたこともあれば
尻込んでしまって
そのまま後悔に変わって
しまったことは
たくさんあります。

この後悔を増やさないためにも
橋下氏に負けないよう
動きたいと思います。

p.s.
セミナーやります。
次回のセミナーのテーマは
【アイデアの生み出し方から成果につなげるまでの方法】
です。
https://www.facebook.com/events/1013071845440660/
橋下氏の講演会の内容を詳しく聴きたい方は懇親会で聴いて下さい^^

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