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儲ける脳のつくり方

2016年10月のアーカイブ

営業初心者へ

こんにちは
岡田です。
恋人が欲しいと願っている
人の口癖で
「出会いがないんだよね〜」
というのを聞いたことが
あると思います。
もしかしたらご自身も
過去に一度くらいは
口にした経験がありませんか?
僕も過去を振り返ってみて
「一度も口にしたことはない!」
とは断言できないです。
しかし、
もし口にしていたとしても
もちろん本気ではありません。
「出会いがないんだよね〜」
と言っている人の大半は
何か別の理由でその言葉を
使っていると思うのです。
もし本気で言っていたら
それは相当特殊な生活環境です。
家から一歩出れば
人口の約半分は異性です。
もし仮に職場に異性が
1人もいなかったとしても
通勤中や帰宅途中には
異性が存在します。
お店、病院、役所、銀行、郵便局
コンビニ、ガソリンスタント
レストラン、喫茶店
バス、電車、駅など
生活をしていてこれらの場所に
一つも行かないことは
ちょっと考えにくいですよね?
これらの場所全てにおいて
同性しかいない地域に
住んでいるとしたら
恋人ができる、できない以前に
それは大いなる奇跡です。
もしその奇跡的な環境に
生きているなら
「出会いがないんだよね〜」
というセリフは激しく
うなずくしかありません。
激しくうなずけますが
そもそも
「出会いがないんだよね〜」
と言っている人は
異性との出会いがないことを
本気で議論したいわけではなく
何か別の訴えをしたいと
思っているのでは
ないでしょうか?
その「別な訴え」が
何であるかを実は本人が
薄々わかっていて
他人からそれを指摘されると
非常に嫌な気分にさせられます。
だから別な表現をすることで
かまってほしいのです。
その訴えとは
自分に合った異性
自分にとって良い条件の異性
自分を好いてくれる異性が
自分の前に現れて欲しい!
誰か連れて来て欲しい!
です。
まぁ、これだけ露骨に
自己中であれば
素直には認めるはずは
ありませんよね。
「そんな都合のいい話が
 あるわけがない。」
「どこまで甘えてるんだ?」
って話ですから。
それをわかっているから
「出会いがないんだよね〜」
と事実とかけ離れた言葉で
自分の甘えや怠慢を
ごまかしているのです。
しかし残念なことに
出会いはありますから。
異性と出会える可能性が0%
ということはありません。
そのこと自体が0%です。
異性はどこにでもいる、
それを踏まえた上で
どこにでもいる異性の中から
自分に合った異性、
良い条件の異性、
自分を好いてくれる異性
を自ら探しにいくしかありません。
そして声をかけるしかありません。
自ら声をかけられないなら
声をかけてもらえるような
何か工夫をしなければなりません。
相手の方から
目の前に現れてくれる
もしくは
誰かに連れて来てもらう
ことが正直どれだけ甘い
希望に過ぎないかは
自分が一番よくわかっていると
思います。
異性に何かしら働きかける
工夫すらもしたくない。
それでいてこの甘い希望を
叶えたいというなら
限りなく自分が
魅力的な人になるしか
ありません。
もし放っておいても
周りにいる人たちが
すでに異性を紹介したがっている
状態であれば
そもそも
「異性との出会いがない」」
という発言はしないはず。
厳しいことを言うようですが
どうしても異性を紹介したい!
というそこの部分の魅力が
足りていないことを
周囲の人たちは判断している
ということになります。
さて、
自分は結婚してるから関係ない。
恋人がいるから関係ない。
と安心している人にも
考えて欲しいことがあります。
この「異性」という言葉を
「見込客」という言葉に
変えてみた時に
安心していられるでしょうか?
「見込客がいないんだよね〜。」
いや、いますから。
そこらじゅうに。
「誰か商品を買ってくれる見込客を
 連れて来てくれないかな〜?」
「ウチに見合ったお客さんだけ
 俺の目の前に現れないかな〜?」
甘いです!
このまま待っていても
状況は何も変わらないです。
自ら探しに行くか、
広告を出すか、宣伝をするか
来てもらえるような
何か工夫をするか
魅力あるお店作りをするか
どうしても紹介したくなるような
商品を作り続けるか
人として大いなる魅力が
溢れ出るくらいの
成長をするしかありません。
それをしていない人ほど
「出会いがないんだよね〜」
という事実ではないウソで
自分をごまかそうと
しているのです。
見込み客もたくさんいますし
広告や宣伝ツールは
昔と比べてはるかに
使いやすく効果的なものが
揃っています。
営業方法を教えてくれる所も
たくさんあります。
紹介制度的なシステムも
世の中には反乱しています。
これでもか!というほど
世の中には自分磨き的な
ノウハウが出回っています。
世の中には完璧ではない商品が
まだまだごろごろしており
(正確には完璧な商品は一つもなく)
毎年のように
「これすごくない?」
と紹介したくなるような商品が
たくさん開発されています。
たくさんある手段の中で
良いモノか悪いモノかは別にして
どれもやってもいないのに
もしくは一度やったくらいで
諦めていては
出会えることもなければ
お客さんになってくれることも
ありません。
世の中でモテル人や
売れている人というのは
これらの何か一つでも
やり続けている人です。
何もしてなくて
結果を出しているという人に
僕は出会ったことも
見たことも聞いたことすらも
ありません。
逆にそういう方法が
あるならぜひ教えてもらいたいです。
というかそれをやれば
いいと思います。
やればいい
という時点でそれが
その方法なので
何かをしていることに
なるのですが。
つまり
何かしら自ら
行動を起こさない限り
できない理由を
言葉を変えて言っているに
過ぎないのです。
それは自分を
ごまかしていることに
他なりません。
そして何も変らない
ということです。
https://www.facebook.com/events/1703413043313179/

読まれる文章を書きたい人への注意点

こんにちは
岡田です。
今日はビジネスにおける
文章について
世間でよく言われている
ノウハウの注意点を
お伝えしたいと思います。
文章が長かったり
難しい言葉が使われていると
読むのが苦痛になるので
読みたくない、
読んでも頭に入ってこない、
そんな読み手の意見があります。
その対応策として書き手は
なるべく短く、
小学5年生でもわかるくらい
簡単な言葉を使った文章を
書く様に心がけましょう!
などとよく言われています。
確かにその通りなのですが
今回の記事のタイトルからも
わかるように
果たして本当に
簡単でわかりやすく
短い文章にすれば
それでいいのだろうか?
という疑問を呈してみたいと
思います。
そもそも僕たちは
なぜ文章を書くのでしょうか?
「何かを伝えたい。」
その先には
「それをわかってもらいたい。」
という意図があると思うのです。
そしてさらにその先には
ビジネスの文章であれば
「内容に賛同してもらえるなら
 ○○○するといいですよ。」
「○○○しませんか?」
「○○○を手に入れて欲しい。」
「○○○を買いませんか?」
という希望が少なからず
あると思うのです。
逆に、
もしまったくそういう
意図がなければ
なぜビジネスにおいて
文章を書くのでしょう?
何の意図もなく
文章がうまくなりたい!
面白い文章を書きたい!
上手に書けることそのことに
大きな意味があり
それが最終目的で、
それが成就できれば
人生終えてもいい!
という人は
小説家や脚本家でもない限り
あまりいないと思います。
ビジネスにおいて書く
文章の目的は
キレイごとは抜きにして
突き詰めて行くと
「買いませんか?」
に集約されると思うのです。
であるならば
そのことを直視せずに
短くて簡単でわかりやすい
「読まれるためのノウハウ」
をいろいろと試行錯誤しても
最終目的である
「購入」
には至らない文章を
書く事になってしまいます。
冒頭に書いた様に
文章が長いと読まれないとか
難しい言葉が使われているから
読まれないというのは
確かにその通りだと思います。
なので否定はしません。
できるなら
簡単で短い文章の方が
読まれる確率は高くなります。
文章を短く
わかりやすくすることで
今まで10人にしか
読まれなかった文章が
1000人に読まれるように
なるかもしれません。
しかし
1000人に読まれるようになっても
芸能人の不倫ネタにように
かる〜い感覚で読まれたら
どんなに共感を得られても
「他に面白いネタはないかな?」
と目移りされてしまいます。
重みのない文章というのは
お金を払ってもらえるだけの
インパクトは与えられません。
下記の4つのパターン
1.長くて難しくて購入に至らない文章
2.短くて簡単で購入に至らない文章
3.長くて難しくて購入してもらえる文章
4.短くて簡単で購入してもらえる文章
があるとしたら
もちろん4番を目指すべきですが
それは正直、
プロの中でも本当に一部の
天才と呼ばれる人たちが
活躍できる領域だと
思うのです。
で、あるならば現実的に見て
僕ら素人は本来の目的である
「購入」
を意識して3番であっても
いいと思うのです。
なのに2番を目指したがる人が
あまりに多い。
長くて難しいために
最後まで読んでくれる人が
10人であっても
5人に買ってもらえればいい、

その一方で
短くて簡単で最後まで
読んでくれる人が
1000人いたとしても
興味が薄く、すぐに
他に目移りして
一人も買ってもらえない、

のであれば
その文章を書く本来の目的からは
遠ざかってしまうと思うのです。
では
長くて難しくても
最後まで読んでもらえて
心にフックされる文章を
書くにはどうしたら
いいのでしょうか?
読み手(お客さん)というのは
知らないことを知ろううとする
その意識が高ければ高いほど
真剣だと言えます。
知らないことを知る
というのは
苦痛を感じることが多いです。
なぜなら
知らない=初めて
つまり脳が慣れてないので
「難しい」
と感じてしまうのです。
簡単に理解できる
というのは
知ってることの
連続に過ぎないのです。
だから文章も長くする必要が
そもそもないのです。
知ってることの連続である
ということはつまり
軽く思われがち。
最近ではインターネットが
生活の中に本当に深く
入り込んでいるので
かなり詳しい情報が
いつでもどこでも手に入ります。
読み手であるお客さんの方が
プロである売り手(書き手)よりも
情報においては
詳しかったりします。

これは自分がお客さんの立場でも
売り手の立場でも
何度も経験したことがあると思います。
すでにお客さんが知ってる情報を
書き手がおもしろおかしく
わかりやすく説明したところで
「わかるわかるー」
「ははは、そうだねー」
「うまいね〜!面白い!」
と共感は得られるかもしれませんが
軽く見られてしまうのです。
ではどうしたらお客さんが
書き手である私たちの文章を
難しくても真剣に読むか?
それはお客さんが
「望んでいる」内容でかつ
「知らない」内容を
わかってもらえるように
伝えることです。
そこに文章の長さとか難しさ
といった要素は実は
あまり関係なかったりします。
難しくても長くても
真剣であれば読んでくれます。
この真剣さを
どれだけ引き出せるか?
の方がよほど重要なのです。
ではどうやって
その真剣さを
引き出せばいいのでしょうか?
先ほど、
お客さんの方が
プロである売り手よりも
情報においては
詳しかったりします。
と書きました。
なぜお客さんの方が
プロよりも情報が
詳しいのでしょうか?
それはその商品を利用する
真剣度の違いです。
売り手である私たちは
自分たちが提供する商品を
利用者として使った事がない
ということは
よくあることです。
使い方を学ぶために
「1度だけ使ったことがある」
そんな程度だったりします。
一方でお客さんは
生活の中でそれを
利用するとなれば
いいかげんに選ぶわけには
いきません。
つまり利用する頻度が
高ければ高いほど
真剣にならざるを得ないのです。
売り手である私たちが
通り一遍等の情報しか
学ぼうとしないのは
この「差」にあると思うのです。
そんな通り一遍等の情報を
いくら短く簡単に面白く
説明したところで
心に響くはずがありません。
それよりも
「そこ気づかなかった!」
「そこ知らなかったけど重要じゃん!」
「なっるほど〜、やっとわかった!」
「そんな所まで行き届いてる商品なんだ!」
「そんなことまで知ってるの?」
「それは確かに難しい話だけど
 それを避けずに丁寧に説明してくれた!」
これをいかに
相手に伝えきることが
できるかどうか?
を真剣に考える事が
どんなに長くても
最後まで読んでもらえる
まず最初の一歩だと
思うのです。
同じ利用者の立場になった時に
「ここ誰も疑問に思わないのかな?」
という部分を発見する癖を
身につけましょう。
それには日頃からもっと物事を
「丁寧に」
観察する必要があります。
丁寧に観察していれば
必ずそれらは発見できます。
それらを多く発見できるように
なればなるほどネタは増えます。

そのように発見したネタは
インターネットに情報が
溢れていることはありません。
その利用者として発見した
貴重な情報をプロとして
長くても難しくても
丁寧に説明する、
そんな丁寧な仕事を
続けていれば
短くて読みやすくて
ウケのいい文章よりも
本当に役に立つ
情報を発信し続けることが
できると思います。
繰り返しになりますが
それには訓練が必要なのかも
しれません。
ただ読みやすくて簡単なだけの
文章を書く訓練よりも
つまらなく険しい道のり
なのかもしれません。
それでもビジネスという
フィールドにおいては
後者を選ぶことが
重要なのではないでしょうか?
人気者になりたいのでしょうか?
お客様の役に立つ情報を
発信し続けたいのでしょうか?
それによって
書き手が何に重きを置くかが
変わってくると思います。

問題未解決法と問題解決法

こんにちは
岡田です。

先日、とある相談を受けました。

「最近、アイミツ(相見積り)
 ばかりです。

 競合で一社、
 超安売りをしている
ところがあり、
 もうめちゃくちゃです。
 いつも負けて
契約を取られています。
 何か打つ手はありませんか?
 ずっといろいろと考えていますが
 このままではジリ貧です。」

という内容です。

もしご自分がこの相談をされた
立場だったら何と返答しますか?

相談されたシチュエーションは
親友や家族という立場ではなく

コンサルタントという立場で
相談されたら・・・です。

たぶん・・・ですが

まず返答の内容はともかく
そんなに悲観的にはならずに
冷静に答えると思うのです。

「どうしましょう?
 どうしましょう?
 とりあえずその競合会社に
 嫌がらせの電話をして
 事務所に石でも投げて
 窓ガラスを割っておきましょう!」

アタフタアタフタ・・・
とはならないですよね?

しかし相談する側は、
日々敗北感に押し潰されているので
なかなか冷静にはなれません。

感情的に声を荒げて
大袈裟に状況を説明し
八方ふさがり感を出して
失望感を露にします。

だからこそ外部の人間から
冷静にヒントをもらうことも
時に必要だったりします。

この時、
共感したり、
同情したり、
一緒になって悲観していると
気持ちが通じるので
「仲良し」
にはなれるかもしれませんが

未来が見えません。

さらに

大丈夫!
君ならできるよ!

と無責任に肯定的な
声をかけてあげれば

「この人はきっと良い人に違いない!」
とより深い絆を結べます。

それも大いに結構ですが
何をもって大丈夫なのか?
せめてそれくらいは
伝えてあげましょう。

大丈夫!
君ならできる!

これは親が子供に言うのはOKです。
長い時間をかけてその根拠を
気づかせてあげられますから。

もし「親友」として相談された
のであれば共感して同情して
一緒になって悲観すること
そして励ますことそれ自体が
目的になることもありますので
そういうのもアリだと思います。

親と同じ理由で親友なら
長い時間一緒にいることで
気づかせてあげる時間的な
猶予があるからです。


しかし今回はコンサルタント
として相談された場合です。

いや現実的にコンサルタント
という仮の立場でなくても
普通に相談を受けることって
あると思います。

しかし
コンサルタントという立場であろうが、
普通の立場であろうが

相談してくる相手は
親友や恋人、家族ではない
ことの方が多いと思います。

ご自分を振り返ればわかると思いますが
ビジネスの相談を家族や恋人にしますか?

どちらかと言えば普通の友達とか
知り合いとか何かのコミュニティの仲間とか
それくらいの関係だと思います。

で、あれば一緒に愚痴って
悲観することは長い目で見て
避けた方がいいでしょう。

感情的にならずに冷静に
「憶測と事実を分けて」
答えることが当事者が恥を忍んでまでも
相談した甲斐があるのではないかと。

かと言って直接的に
答えを言ってしまうと
それはそれで依存が始まりますから
難しいところです。

僕の場合は特にコンサルタントなので
直接的な答えを言わないまでもある程度、
問題が突破できる糸口まで
導く意味で答えなければなりません。

感情的になって
憶測で言っているものを
事実の部分だけを抜き出して
説明ができれば
問題突破の糸口は見えてきます。

しかし

自ら相談をしてきているのに
事実の部分を抜き出す事を

怖がる人がいます。

なぜなら事実だけが明確になると
自分にとって都合の悪い部分が明るみになり
原因が自分にあることが
わかってしまうからです。

それを無意識に察しているから
怖がっているのです。

そのため相談している人は
感情的になり自分の弱さを隠します。

別に責めるわけではないので
正直に言ってもらった方が
早く楽になれるのに

「すごく安い」とか
「いつも」とか
「どんなにやっても」とか
「ずっと」とか
「超●●●」とか
「めちゃくちゃ」とか

そういう「あやふや」な
言葉を使います。


これだけあやふやな言葉で
事実の部分をぼかせば
見えるものも見えません。
見えない部分が
多くなればなるほど
不安になります。

不安になる最初のきっかけは
全体が詳しく
把握できていないこと、
つまり見えていない事です。


もう一度見てみましょうか。

「最近、アイミツ(相見積り)
 ばかりです。

 競合で一社、
 超安売りをしている
ところがあり、
 もうめちゃくちゃです。
 いつも負けて
契約を取られています。
 何か打つ手はありませんか?
 ずっといろいろと考えていますが
 このままではジリ貧です。」

どれも具体的に見えそうで

見えない表現です。

「いつも」っていつからいつのことでしょう?
「いろいろ」って何をどうしてみたのでしょう?

「めちゃくちゃ」ってどれくらいでしょうか?

それがわからなければ
自分の中ではめちゃくちゃな
ままででしょう。

「ずっと」って自分で言っていれば
「ずっと」なのでしょう。

不安になるのも当然です。

一応お伝えしておきますが

「女性が相談をしてきたら
 問題解決をするのではなく
 話を聞いて欲しいだけ。
 具体的な解決策は言う必要がない。」

と巷でよく言われていることを
十分わかった上で
今日の話を敢えてしております。


心理学を多少でもかじると
「相手が言った言葉を
 オーム返しに言いましょう!」
という術を習います。

そしてそれは確かに
精神的にとても心地よく、
相手を気持ちよくさせます。

ところが、ここで
「ずっと大変だったんだね。」
「ずっと嫌な想いをしてきたんだね。」
などと一緒になって
「ずっと」という言葉を
オーム返しに使えば
「これからもずっと不安だよね。」
と不安をすり込むようなものです。

これらの不安を解消するには冷静に
「憶測と事実にわける」
作業が必要です。

特に仕事においては
感情的にならずに
冷静になる必要があります。

冷たいと
感じるかもしれませんが
冷静とは
まさに冷たいという字を
使いますので
冷静さを求める時には
必要な要素なのです。

しかし確かに

感情的になっている時に
いきなり冷静さをもって対応しても
心を開かないのも事実です。

心を開いてもらうために
先に紹介した
同情したり共感したりすることは
否定はしません。

ただ、それだけでは
未来はないということを
お伝えしています。

どこかで冷静になって
次の手だてを考えなければなりません。

その時に
いつまでも抽象的な言葉を
使い続けていたら
問題は解決しないまま
また不安の世界へ逆戻りです。

不安を解消するには

問題となっている事実を
具体的に明らかにして
具体的な方法をもってして
対処し続ける

これしかありません。

それを続けられるようになると
仕事がデキル人となっていきます。

仕事がデキル人に関しては
さらに詳しく、
さらに多くの事例や方法を
紹介するセミナーを行います。

冒頭で受けた相談内容

「最近、アイミツ(相見積り)
 ばかりです。

 競合で一社・・・・。」

も、さらに詳しく
事例などを紹介しながら
解決に導きます。


仕事がデキルって
どのレベルのことを言うのか?

具体的にどうすればいいのか?

そんな内容もお伝えしますので
興味がある方はぜひお越しください。
https://www.facebook.com/events/1703413043313179/

迷惑な営業電話

こんにちは
岡田です。
 
先日、夜9時近くに携帯に
電話がかかってきました。
めずらしく営業電話です。
 
以前僕はアンソニー・ロビンズ氏の
セミナーに参加したことがありました。
その時の個人情報を元に
電話をしてきたようです。
 
今回、電話をしたのは
営業の世界では神様と呼ばれている
ブライアン・トレーシー氏が
来日するのでそのセミナーに
参加しませんか?
という内容でした。
 
この電話がかかってくる
何日か前からかメールで
何度もお誘いがあったので
そのセミナー自体の存在は
知っていました。
 
しかし今回は参加しない
という決断をしていました。
 
なので営業電話が夜の9時近くに
かかってきたことは正直迷惑でした。
 
セミナーの内容は一度は
目を通して理解していましたが
正直電話がかかってきた時は
忘れてしまっていたので
一応もう一度先方に
セミナーに参加するメリットを
聞いてみました。
 
隠すようなことではないので
正直に言います。
聞けば聞くほど参加したいと
僕は思いませんでした。
あくまで僕は・・・。
 
あくまで僕は・・・、
と言いましたが
どうも多くの人が
そう感じているようで
参加人数が思いのほか
増えていないようでした。
 
営業の神様と呼ばれる人の
セミナーに参加しませんか?
という営業電話の内容が
あまり魅力を感じないなんて
身も蓋もない話ですが
残念ですがそう感じてしまったので
仕方がありません。
 
どこが営業の神様なのか
まったくわからない
ということも含めて
夜遅くに電話をかけてきて迷惑だ
と切り捨てることが
実は今回のこのブログの
目的ではありません。
 
逆です。
 
僕はこの電話をかけてきた
営業担当の人が
すごいと思いました。
 
営業トークはダメダメでした。
そんな営業トークじゃ
誰も申し込まないだろ?
と思わず口を挟みたくなるような
説明でした。
 
でもその営業の人は
正直に言うんです。
 
まだ思うように人も
集まっていない、
自分の説明も下手だ!
それでも成功させたい。
 
そんな売り手の都合だけ
言われても当然僕は
申し込みたいとは思いませんし
事実、申込みませんでした。
 
しかし唯一心が動かされたのは
この人は最後まで諦めていない
ということを汲み取ることが
できたのです。
 
普通に考えたら、この時点で
それしか集まっていないのなら
大幅に赤字で、ほとんどの人が
今回の企画は失敗だった!
と諦めモードになっていると
思います。
 
でも、この営業の人は
違いました。
 
声だけで憶測に過ぎないのですが
この人は恐らく20代の女性です。
 
こんな時間まで
断られるのをわかっているのに
電話をかけてきている。
ましてや相手に迷惑を
かけてるだろうなぁと
うすうす感じているにも
かかわらず営業の電話をしている。
 
同い年くらいの女性は
もしかしたらこの時間帯は
彼氏と一緒にいるかもしれないし
合コンや飲み会など
遊びに出かけているかもしれません。
 
にもかかわらず
諦めていない。
 
詳しい裏事情はわかりません。
 
もしかしたら
会社からきついノルマを
かけられて
「いいから電話しろ!」
と言われているかもしれません。
 
自分が諦めたくないという
自発的な行動で
夜遅くに電話をかけているかは
わかりません。
 
いずれにしても
その行為を会社は
認めているのです。
 
多くの人はそれを
ブラック企業と呼びたがります。
 
夜遅くに電話がかかってきて
迷惑だと少しでも感じたら
すぐに国民生活セミナーに
苦情の電話を入れたがります。
 
確かに僕も迷惑だなと
感じたのは事実です。
 
しかし、もし、もし
自分の子供がその子と同じ様に
諦めたくない!と思って
一生懸命やっていたら
どうでしょう?
 
人様に迷惑をかけてはいけない
と一般的に「正しい」とされている
基準があったとしても
いきなり国民生活センターに
苦情の電話を入れたいと思いますか?
 
そんな企業はブラック企業だから
もう辞めなさいとか
本当は会社に言われて
やらされているんでしょ?
会社がいけないんでしょ?
 
あなたは悪くない
悪いのは会社だから
もう諦めなさい!
と当の本人が諦めないで
頑張っていることを
無理矢理止めさせますか?
 
そうは言っても
人に迷惑をかけているのは
事実なんだから
絶対に許してはいけない!
迷惑と感じている人がいる以上は
微塵もそういった行為は
許すべきではない!
 
と、もし言う人がいるならば
その人はよほど完璧な
人間なんでしょう。
 
誰にも微塵も迷惑をかけたことが
ないでしょうし
かけているつもりも
ないんでしょう。
 
そういう人に残念な
お知らせがあります。
 
そんな人はいません。
そう思っているとしたら
それは勘違いです。
 
必ず人は誰かに迷惑を
かけています。
気づいていないだけで。
 
自分が気づいていないけど
一生懸命やっていたことを
いきなり否定されて
一般的に正しいと勝手に
定義されている常識とやらに
押し込められることが
本当に幸せなのでしょうか?
 
お互い様という概念すらも
この世の中から消え去り
やれブラックだ
根性論は古いだ
頑張るなんて格好悪い
スマートじゃない
という都合のいい
解釈だけでぬるま湯のような
人生を歩くことが
本当に幸せなのでしょうか?
 
誤解を恐れずに
やや激しい言葉で
伝えておりますが
決して他人様に対しての迷惑を
肯定しているわけでも
ブラック企業を推奨している
わけでもありません。
 
ただ最近はあまりに
行き過ぎた杓子定規や
法律を盾にすることによって
もっと大切な何かを
失いつつあるような気がしたのです。
 
僕はその女性のスタッフさんから
夜に迷惑な営業電話を受けたのは
事実です。
 
迷惑なうえに
なんなんだよ?その
どんくさい営業トークは?
と思いながらも
その前向きで根性があり
一生懸命で諦めない姿勢に
心を動かされました。
 
と同時に恐らく
無視したり
いきなり電話を切ったり
怒ったり
苦情の電話を入れたり
する人ってたくさんいるんだろうな
と思いました。
 
そしてそれは恐らく
大きくはずれていないと思います。
なぜなら電話営業対策みたいなものが
ネットで武勇伝のように
 
何も話さずに3分放置してやった!
営業とわかった時点でガチャ切り!
買うよと言って嘘の住所を教えてやった
 
などと書かれているのを
本当に多く目にします。
 
少し寂しい想いがしました。
 
僕たちはそんなに完璧なのでしょうか?
完璧であらねばならないのでしょうか?
他人に迷惑をかけたとしても
諦めないで頑張ろうとしていることが
そんなにいけないことでしょうか?
 
無視したり
何も聞かずにいきなり
電話を切ったり
自分のことだけを考えて
すぐに苦情の電話を
入れたりしたら
 
まったく同じことが
いつか自分に返ってきます。
 
それが大丈夫であろう人は
完璧な人だけです。
そしてそんな人はこの世に
いません。
 
お互い様ってそういうこと
が頻繁にあるから
言葉として成り立って来たのでは
ないのでしょうか?
 
自分にとって
少しでも迷惑なら
それは絶対に許したく
ないですか?
 
最近
「根性」とか「頑張る」
という概念を
悪いこととして
扱われてる傾向を
強く感じています。
 
どうしてもしたくないことを
無理矢理やらされるのは
確かに止めた方がいいでしょう。
 
しかし
 
自らその場所にいて
自らそこに立ち、
自らそれを望んでいるなら
僕は頑張る経験は
とても美しいと思います。
 
若者がその経験をするのに
大人の都合で遮ってしまうのは
ものすごい可能性のロスだと
感じてしまうのですが
いかがなものでしょう?

 

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