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儲ける脳のつくり方

2017年1月のアーカイブ

無料化についての注意点

こんにちは
岡田です。
最近キングコングの西野さんの
絵本の無料化について
騒がれているようですね。

もういろんなところで
いろんな方がネタにしているので
今さらな感じもしますし、
こういうネタ的な投稿は
極力しないように
心がけているのですが
「岡田さんはどう思いますか?」
と同じ日に2人の方から
聞かれましたので
ちょっと心が動いてしまいました。

他に僕の意見を聞きたい人が
いるかどうかわかりませんが
一応書いてみたいと思います。
さて
キングコング西野さんの
絵本の無料化の話題とは
どういうことか
知らない人のために
説明しておきます。
説明いらないですか?
いや説明させてください。
というのはこういう
時代のネタ的なものは
何年かしてから読み返すと
何のことかわからなくなるので。
キングコングという
お笑い芸人コンビの一人、
西野亮廣さんが
「えんとつ町のプペル」
という絵本を出版されました。
この絵本は内容的に素晴らしい
と言われています。
絵本にしては珍しく
かなりの人数のスタッフさんが
チームを組んで作り上げた
作品みたいですね。
時代の流れに乗り
製作費をクラウドファンディングで
集めた事でも話題となった作品です。
初版3万部という絵本にしては
異例のスタートでしたが
発売3ヶ月で23万部の
ヒット作となりました。
(2017年1月現在)
著者の西野さん本人に
様々な感想が届く中で
とある小学生から
「2,000円は高い。自分で買えない。」
という声が届いたそうです。
『えんとつ町のプペル』
を子供にも届けたいのに、
「お金」という理由だけで
届けられない現実がある。
絵本を見たい、
絵本を届けたい
と双方が求めているのに、
それを実現できないのは
お金「なんか」が理由であること
そこに猛烈な気持ち悪さを
西野さんは覚えたそうです。
ご本人のブログの中では
お金が無い人には見せませーん
ってナンダ?糞ダセー。
(モノによっては、
そういうモノがあっても
いいのかもしれません)
と念押ししながらも
「お金の奴隷解放宣言」
と称し
「お金は払える人が払えば良い」
として
インターネット上で
「えんとつ町のプペル」
を全ページ無料化した結果・・・
またまた売上が伸びて
発行部数も増えました
というのが一連の話題の内容です。
詳細を書くとさらに長くなるので
これ以上の詳細は
ご本人のブログやTwitterで
確認してください。
なぜこれが話題になっているのか
その背景も説明しておかないと
いけませんね。
西野さんいわくご自身は
「空気を読めない人間」
らしいので
この件だけでなく
ブログやツイッターなどで
発言されることが
過去に何度も炎上騒ぎに
発展していて
今回も多数ある炎上ネタの
一つに過ぎないという
背景を知っておく必要があります。
さて、前置きが長くなりましたが
これらの背景を元に
絵本の無料化の話題について
僕の感想を申し上げますと
「美しくないなぁ。」
という言葉が一番
しっくりきます。
もともと炎上癖がある
西野さんは炎上するのを
ビジネスチャンスとして
捉えているようです。
要は反対意見があって
世間で叩かれていることは
世間に認知されていることだから
広めてもらっていることでもある
という考えです。
僕が読んだ西野さんの別の著書の中で
作家だったら
自分で作った作品が
子供であるなら
生み捨てるようなことはせずに
最後まで育てなきゃ!
(広く販売しなきゃ!)
と言った内容が
書かれていたと思います。
炎上だろうがなんだろうが
それをやることで
広まる(売れる)なら
炎上くらいは辞さない覚悟が
あるみたいです。
つまり最初から売るために
計算してやったということです。
著書やブログなどに
明確に記載されています。
さて

何がそんなに
炎上する原因に
なっているのでしょう?
世間の人の多くは
無料化して広く認知させる事が
悪いことだなんて
思っていないでしょう。
一般的に古くは食品売り場で
「試食」と呼ばれるものがあり
今ではインターネット上にある
様々なサービスやゲームなど
「無料」で使えるものが
ビジネス上では優位になっています。
無料化が戦略的であることなど
多くの人が知っています。
それが悪い事だ!
などと声を荒げる人は
いないでしょう。
それなのになぜ西野さんだけが
炎上するのでしょうか?
ここで今の時点で言われている事で
他の作品が有料で販売している中で
自分の作品だけネット上で
無料化にすることで
他のアーティストさんの作品も
無料で公開しないといけなくなり
安売りの連鎖が止まらなくなり
他のアーティストさんたちが
食べていけなくなる、
というのがありました。
まぁたしかにそうですが
僕はそれが原因で炎上するなら
理由としては弱い気がします。
西野さんを嫌いな人たちが
炎上させるきっかけとなる理由
としては十分なのか、と
その程度の根拠にしか
ならない気がします。
他の声で
絵本というのは
ネット上で見るようなものではなく
紙媒体で見るから良いのであって
「2,000円では買えない」
と言った子供が欲しかったのは
ネット上でのデータではなく
紙の絵本だから
ネットで無料公開しても
何の解決にもなっていない、
というのがありましたが
これは確かにそうかも!
と思いました。

僕も絵本をネットで見ても
何の価値も感じません。
これを言った人は
いたって落ち着いて
分析していると思いますが
周りが騒いで炎上してるのが
また興味深いですね。
僕はこの絵本が炎上商法で
売れようが売れなかろうが
西野さんが嫌われようが
好かれようがどっちでもいいです。

その一方で「売る方法」としては
つまり販売戦略戦術としては
とても興味深く眺めています。
日本でビジネスをするということは
資本主義という大前提をベースに
商売をしなければなりません。
それをしないということは
ルール違反になります。
法を犯していなければ
違法にはなりませんが
ルール違反として
人から揶揄されることは
大いにありえます。
さて僕の感想は先ほど、
「美しくない」
と書きましたが
それはどういうことなのか。
日本でビジネスをしていく上で
子供が2,000円の絵本が
高くて買えない、
絵本を届けたい人と
受け取りたい人がいるのに
お金という理由だけで
それができないことを
「糞だせー」「奴隷解放宣言」
と言った後、
自分の判断で無料で公開して、
買えない子供たちに
無料で見れるようにして
「払える人が払えばいい」
と一見、美談に聞こえる話に
持っていったことが
美しくないと言う事です。
この絵本を売る為の策略として
炎上商法に味をしめている西村さんが
今回もそれをやってのけただけの話。
決して美しい話ではないのです。
僕は炎上商法が悪いとは思いません。
無料で何かをするというのも
もはやマーケティングの世界では
普通過ぎて何のひねりもありません。
それを高くて買えない子供へ
無料化するという美談に
話をすり替えているように
見させてしまっているところ、
そしてそれだけではなく
この絵本の製作費を
クラウドファンディングという
資本主義ど真ん中を直球で
貫いているシステムを利用して
つまり資本主義ルールを
思いっきり利用して
お金を集めている傍らで
「お金なんか」とか
「糞ダセー」とか
「奴隷」とか
資本主義をベースにした
ルールを卑下した言い方を
しているところ、
さらに
そのクラウドファウンディングで
投資をしてくれている人たちに
何の許可もなく無断で
無料公開に踏み切ったところ
さらに
もし子供の話が本当であるなら
買えない小学生には
とてもいい話なのかもしれないが
逆になけなしのお小遣いを
はたいて購入している
小学生がいたら・・・?
その小学生が
この程度の絵本だったら
ネットで十分だったなと
後悔していたら・・・?
お金がなくて
買えなかった小学生が
とりあえず言ったもん勝ち的に
ラッキーをつかみ取り
西野さんのファンで
なけなしのお小遣いで
どうにか買ってくれた小学生が
もしいたとしたら?

お金を出して買ってくれた
1秒後に無料公開したら?
どっちが
「糞ダセー」
なんでしょう?
何度も言いますが
僕は炎上商法にしても
無料化戦略にしても
モノを売る為の
売名行為だろうが
なんだろうが
自分さえ耐えられるなら
どんな悪口を言われても
文字通り良いと思います。
しかし
自分の考え方と違う資本主義の
ルールに則った人たちを
結果としてバカにし、
クラウドファウンディングで
集めた支援者の声は無視し
炎上させることを計算に入れて
裏では売る為の戦略をもくろみ
お金のない子供のために
美談を装い、一方で
お金を出して買ってくれた
子供たちの存在を無視したことは
やはりそれは、やり方としては
「美しくない」
と僕の感想はそこにたどり着きます。
そこまで徹底して
売る為に何でもやるなら
投資してくれた支援者に
一旦お金をお返しし、
もしくは支援者全員の賛同を得てから
無料公開に踏み切ってもいいと思います。
さらに
すでに絵本を購入してくれた
人たちの中で
返金を希望される方
(ネットで公開されるなら
 購入しなかったであろう人)
その方たち全員に返金してこそ
「お金は払える人が払えばいい」
という意見が
「ごもっとも!」
となるのでないでしょうか?
しかし現実的に
すでに23万部も売れている
となると
それに該当する人たちを
全員見つける事は
不可能に近いです。
逆に言えば
「なんか騙された気分。
 だったら返金して欲しい。」
という人が何万人?何千人?
少なくても何百人いても
おかしくないと思います。
たとえ数百人だったとしても
そういう人たちの犠牲のうえに
成り立っている戦略(美談)など
微塵も美しくありません。
最初から製作費は自分で
用意した方が動きやすかっただろうし
無料化も途中からするのではなく
最初からしていれば
僕は販売戦略としては見事だなぁと
思った一件でした。
ちなみにこうやって
僕も含めて
いろんな人がブログで
書けば書くほど
彼の思うつぼということを
わかった上で書いてます。

なぜならこのブログを読むことで
また興味を湧く人がいるかも
しれないですから。
実は、この件に関しては
上記で表現しているほど
僕自身は感情的になれないので
正直どうでもいい話でも
あるにはあるのです。

ただ販売戦略で見た時に
コンサルタントとして
いろんな注意を促す上で
いい材料だなと思ったので
書いてみたのでした。
p.s.
僕は西野さんのことは
嫌いではありません。
20年くらい前に
新宿の焼き肉屋さんで
バッタリお会いして
お話をさせてもらう
機会がありました。
めちゃくちゃ好青年でした。
「会う」
ってすごいパワーがありますね。
焼き肉屋さんで会った時に
好青年だったから・・・
それ以外の明確な根拠などありませんが
お会いしただけで
好意的な方になってしまう
ものです。
ネットだけに頼るでのはなく
リアルに会うことで得られる
パワーを実体験して欲しいです。

伝えにくい話をお伝えしてみます

こんにちは
岡田です。

一昨日、大学生時代のアルバイト先の
先輩の家にみんなで遊びに行きました。
ご実家のはずなのになぜか一人暮らしで
豪華なマンションに住んでいました。
場所は芦屋市。
日本でも有数な高級住宅街。
学生時代の話に花を咲かせ、
ご家族がいないことをいいことに
気づけば夜は明けようとしていました。
途中からその先輩はなぜか
ニュースキャスターの久米宏さんに
なっていました。
そう。
これは夢の中の話であります。
夢の中で大学時代の先輩の家に
遊びに行き、
途中からなぜか先輩が
久米宏さんに変わったという
夢ではありがちな
無茶苦茶な話です。
そういえば昔からその先輩は
久米宏さんに似ていた気がします。
夢の中で、学生の頃の昔話は
まだまだ盛り上がっていました。
途中、僕はトイレを借りました。
高級なマンションのはずなのに、
急にトイレだけは古い
ボロアパートのような造りになっていて、
さすが夢だけあって何でもアリでした。
そのトイレはあまりに古く、
床が軋んでいてどうも落ち着かず、
心なしか揺れているような
気がするのです。
その落ち着かない気持ちをそらす為に、
向こうの部屋で久米宏さんや友達が
話している声に耳を傾けていました。
盛り上がっていた会話の流れを
突然友人の1人が止めました。
「あれ?揺れてない?」
僕がさっきから落ち着かない
その理由が
トイレが古いからではなく、
揺れている気がしてならなかったから
と確信に変わりました。
これは地震だと。
揺れは意外と長く大きく続きました。
さっきまで古いトイレで、正直
嫌気がさしていましたが
狭い空間の四隅に柱があることで
妙な落ち着きを取り戻し、
急にトイレにいて良かった
と思うようになりました。
そう思ったのもつかの間。
トラックが突っ込んで来たかのような、
大きな音とともにさらに大きな
揺れが襲ってきました。
おいおい、大丈夫か?
それから2、3秒してから
揺れはおさまりました。
今まで体験した揺れの中で
一番大きな揺れであったことは
間違いありません。
場所が場所だけに
おしっこをちびっても
おそらくは大丈夫なのですが
粗相をすることもなく
ドアをあけました。
トイレから出ると
そこはさっきまでの
部屋ではありませんでした。
久米宏さんはじめ
友人は全員無事でしたが
足の踏み場がないくらい
モノが散乱していました。
そして窓の外はまだ暗かったのですが、
いや、暗かったからこそよく見えました。
あちこちで火事が起きてることを。
ドキドキが止まりませんでした。
その時、
目が覚めました。
夢で良かったと一安心しながらも
まだドキドキしていました。
僕は何気なく枕の近くに置いてある
スマホの時計を見ました。
朝の5時46分。
そして時刻の下の日付が
自然と目に入って来ました。
1月17日
そうだ。
今日だった。
阪神大震災の日。
そういえば当時、
よく久米宏さんのニュース番組で
阪神大震災の情報を取っていたのを
思い出しました。
今ほどインターネットが
充実しておらず、
情報を収集するには
まだまだテレビやラジオが
一番手っ取り早かった時代でした。
これと言ってファンという
わけではないのに
なぜ夢に出てきたのか不思議でしたが、
確かに当時はよく見ていました。
さらに言えば
久米宏さんに似ている先輩も
家に泊まりに行くほど
仲が良かったわけではないのに
なぜ突然、夢に出てきたのか。
その先輩の出身は熊本県。
熊本で地震が起こった時に
久々に先輩の名前を思い出し
facebookで検索して
無事でいることを確認したことを
思い出しました。
まあ、無理矢理ですが
地震つながりではあります。
僕は霊感は全くないのですが
こういう経験だけはよくあります。
嘘のような本当の話。
僕は夢から覚めてすぐに黙祷をしました。
人の死は原因が何であっても悲しいです。
生きたくても生きれなかった人は
地震に限らずたくさんいます。
僕は今、生きています。
生かしてもらっている人生。
今を大切にしようと思います。
最後までお読みいただき
ありがとうございました。
p.s.
今日のような話というのは
正直どうでもいいような
「ふわっ」とした話です。

言ってしまえば
地震の夢を見たんだけど
阪神大震災が起きた日時と
全く同じ時間に目が覚め、
不思議なこともあるもんだなぁ、
生きている事に感謝!
というお話。

このような「ふわっ」とした話でさえ
つい最後まで読んでもらえるような
話し方や文章を理論立てて
構成できるようになるセミナーを開催します。
興味がある方はぜひ^^

2つの学び

こんにちは。
岡田です。
このブログを読まれている人は
勉強することが嫌いではない
人が多いと思います。
学ぶことが楽しかったり
喜びだと感じている人が
読んでくれているんじゃないかな
と勝手に思い込んでおります。
そしてもし本当にそうであれば
僕としてはかなり嬉しいです。
さて
タイトルにもあるように
今日は「学び」について
書きたいと思います。
学びには2種類あると思うのです。
一つは事実に対して
その現象や事象の
理由などを突きつめたり
論理的な分析によって
答えにたどり着く過程での
学びです。
それはどういうことなのか?
なぜ、こうなったのか?
どうすれば良かったのか?
なぜ、そうなると思うのか?
どうやったらいいのか?
などなど。
誤解を恐れずに言葉にすれば
科学的とでも言うのでしょうか。
全てではありませんが
この科学的な学びをする時に
邪魔になるのが感情です。
感情が理性を失い
勝手な思い込みで
事実を歪めてしまうことが
多々あります。
次にもう一つの学びとして
目の前にある事象や現象の
理由や根拠などの
論理的な分析は一切せずに
いつもと違った見方をすることで
自分の心のありようや
受け止め方を変えることで
自分の中でその事象や現象を
消化して納得してしまうことです。
これも誤解を恐れずに言えば
哲学的とか宗教的とか
言うと理解してもらいやすい
かもです。
これをビジネスの場面での例え
で説明すると
たとえば納品した商品が
すでに故障していて
クレームが起きた時に
なぜ故障した商品が
届けられてしまったのか?
チェック機能が働かないのは
どこの部分だったのか?
そもそもどこで故障が生じたのか?
などを追究して
二度と同じ過ちをしないように
するのが前者の学びです。
それに対して
クレームという
嫌な事実に対して
受け取り方を変えて
クレームを言ってくれるのは
愛されているからこそであり
それは嫌な事ではなく
むしろ喜ばしいことなんだ!
と何かをきっかけに
気づくことで落ち込まずに
前に進むという学びです。
これはどちらが正しいとか
どちらかでなければ
ならないという話では
もちろんありません。
両方必要だと思います。
無責任な言葉を使わせてもらえば
バランス良く2つの要素を
取り入れた方がいいでしょう。
これがどちらかに偏ると
たとえば前者に偏り過ぎると
原因追究とその対策が
最優先事項になり
謝罪を忘れがちです。
「謝って故障が直るなら謝りますけど。」
大袈裟に言うと
こういう態度が
見え隠れします。
原因を突き止めて
そこを改善しなければ
同じ問題が起きるので
そこの部分だけで言えば
彼らにとって謝罪には
意味がないのです。
一方で後者の学びに偏り過ぎると
どんなに怒られても
「ごめんなさ〜い。
 でも、そっかぁ。
 私たちって愛されてるってことよね。
 ラッキー!うふっ!!」
で終わってしまい、
いつしか呆れられて
愛されなくなります。
どちらもやや大袈裟に書きましたが
実際この手の輩が本当に存在します。
数は少ないですし
信じられないかもしれませんが
本当にいます。
「学びが楽しい!」
「学びは成長だ!」
と感じ、
突き詰めていき
その度合いが過ぎると
こういう人たちが現れます。
嘘でしょ?
どういう神経回路してるんだ?
と疑いたくなりますが
ただ、もしかしたら
僕たちもどこかで
そう思われているかもしれません。
今まで仕事をして来た上で
そういう節があったかもしれない、
自分は両方のバランスを
適度に取り入れている・・・
と思っているのは
実は自分だけであり
意外と同類に思われているかもしれません!
という警鐘を鳴らして
おこうと思います。
人の振り見て我が振り直しましょう。
学ぶのはいいことですが
どちらかに傾倒し過ぎた学びは
知らぬ間に紹介した
事例のような人間に
見られてしまいますので
学び方には注意しましょう。

時代に振り回されないようにするには

こんにちは。
岡田です。
一年の計は元旦にあり
と言いますが
振り返ってみられて
いかがでしょうか?
僕はゆっくりと過ごさせて
いただきました。
このことわざ信じると
僕の未来は幸薄そうです。
というのは半分冗談です。
冗談といいますか
僕が思うに
「一年の計」の「計」は
「計画」の「計」だと思うのですが
それを元旦に立てるのは
「遅くね?」
と思ったりしてしまうのです。
これだけ時代の変化が早い中で
たとえば今日やることを
今朝決めると言ってるような
ものです。
休みの日ならともかく
仕事において
今日やることを
今日決めるって
どうなんでしょうね。
今月やることを
月初に決める。
今年やる事を
元旦に決める。
本来ならそれくらい
ゆっくり人生を
歩みたいものですが
世の中そんなに
甘くなさそうです。
少なくても
明日のことは
今日のうちに、
来月のことは
今月のうちに、
来年のことは
今年のうちに
計画は立てておいた方が
良さそうです。
ただ、それはそれで
どうなんだろう?
という思いもあります。
どっちやねん。
計画通りにいかないどころか
立てた計画そのもの自体が
意味をなさないくらい
世の中が凄い早さで
大きく変わってしまうなんて
もはや日常ですよね。
立てた計画通りに進めたら
時代錯誤も甚だしい・・・
みたいな。
なので、たとえば
社長や部門長の言う事が
コロコロ変わって
立てた計画や
前に言っていたことと
今言ってることが違う
なんてことは
当たり前の事なのです。
計画通りにやってたら
まずいことになる!
とわかっているからです。
ちゃんと計画を立てなければ
仕事として甘く見過ぎだし
立てたら立てたで
意味のないものであったら
立てる時間がムダになるだけだし。
だから時代を読む
未来を予測する
という能力がこれから
さらに重要になってくるのですが
未来を100%当てるなんて
不可能です。
さて、どうしましょうか?
僕は、あくまで僕は
年間計画だとか
3年計画の中長期のものは
ざっくりと方向性だけ
決めておきます。
ただそれだけですと
漠然とし過ぎて
目の前のやることが
わからなくなり
身動きが取れなくなります。
なので直近でやること
1ヶ月単位でやること
3ヶ月単位でやること
半年単位でやること
1年単位でやること
をその同じ期間の「前」に
「決める」ようにしています。
日本語が理解しにくいですよね。
たとえば今日を基準に考えると
明日やる事は
昨日明確にして
来月やることは先月
決めておきます。
来年の動きは
去年のうちに決める。

決めたらその期間かけて
ジワジワと進めます。

長期のものは照準さえ
わかっていれば
あとはその期間かけて
徐々に詰めて行く感じです。
その詰めて行くスピード感は
今日を基準に前後同じ期間を
僕は設定しているということです。
それで時代や世の中の
変化を見ながら
微調整しながら
やっていくと
今まで準備してきたことが
たとえムダになっても
そんなにイライラせずに
方向転換がスムーズにできます。
何事も早目早目に決めて
準備にとりかかり
徐々に進めているので
余裕があるからです。
これが常にいっぱい
いっぱいの状態で
「今全力でやってたことが
 ムダになる!」
とわかった瞬間に
焦ったり、怒ったり
イライラしたり
固執してしまったりと
あまり良い事はありません。
逆に完遂させるのが
早過ぎても
ムダになってしまったら
それはそれで怒りたくなります。
こんなことなら
ギリギリまでやらなきゃ
良かった!と。
なので期間が長ければ長いほど
ざっくりとその目的地だけ
決めておいて
にじり寄りながら
ジワジワと準備をすすめ
もう後に引かないと
決めた時に
一気にやりとげる!
そんな感じが
僕の中ではしっくり
きています。
これが正しいかどうかなんて
誰にもわからないことですし
僕にもわかりません。
ただ僕はこれが
しっくりきている
ということです。

さらに言えば
どんなことでも
ムダになることは
長い目で見たら
殆どないんですけどね。

ただまぁ感情的には
ムダに感じてしまうのが
人間です。
 
ご自分の中でしっくりくる
時間感覚を身につけると
激しく変わる時代の変化に
少なくとも気持ちだけでも
振り回されずに済むと思いますが
いかがでしょうか?

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