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儲ける脳のつくり方

2018年1月のアーカイブ

条件反射の否定と肯定は同じ罪

こんにちは

岡田です。

 

あれもダメこれもダメ

いいから言われた事だけを

やっていればいいんだよ!

 

こんな人が自分の上司だったら

どう思いますか?

 

常に自分を否定され続け

窮屈で肩身が狭く、何より

仕事のやり甲斐を

見いだせないですよね。

仕事がつまらない。

 

逆の捉え方をすれば

ラクでもあります。

言われた事だけをやれば

いいんですからラクです。

そういう意味では
過保護であるという解釈もできます。

 

いろんな感情があると思いますが

いずれにしてもその人の未来に

希望が見いだせる感じは

しないですよね。

 

こういう上司のもとで

犠牲になった人は心が病み、

対人関係におびえ

ひどい場合ですと鬱状態に陥ります。

そういう人たちにとって

希望となるのが

 

「いいねー!いいじゃん!

 そのままでいいんだよ!

 そこにいてくれるだけで

 君には価値がある。」

 

そんな言葉を投げかけてくれる

仲間です。

 

人はこの世に生まれて来て

くれただけでも本当に本当に

大いに価値があると思います。

逆に人間的な価値のない

人なんていないと思います。

 

存在自体が許されない人なんて

この世に誰もいない。

 

わかりやすいのが赤ちゃんです。

 

その場にいてくれるだけで

どれだけの生き甲斐や

癒しや安らぎや希望を

周囲にふりまいてくれるか。

 

しかし

ふと現実に戻ると

「経済的な価値」は

ほとんどの場合

残念ながらそこには含まれないです。

 

ビジネスという分野において

僕が知る限りの話で恐縮ですが

ただそこにいるだけで

お金をもらえる人を見た事がありません。

 

特に大人。

 

厳しい言い方をすれば

ただ存在するだけでは無価値です。

 

誤解されないように

一応繰り返しますが

ビジネスという分野においてです。

 

僕らは五体満足でいられる以上は

お金というものを抜きにして

生きていくことは

今の日本においては

ほぼ不可能なのでは?と

思っています。

 

この話を別の場所でした時に

 

「守衛さんとか企業の受付の人は

 ただそこにいるだけで

 お金もらってる職業じゃないの?」

 

と質問されたことがあります。

 

守衛さんや受付の人に

そのまま質問してみてください。

たぶん怒られます(笑)

 

ただそこにいるだけ・・・

そんなわけないでしょう。

 

話が脱線しそうなので戻しますが

ビジネスという分野において

ただそこにいるだけで価値がある、

つまりお金が発生する職業を

僕は知りません。

もちろんその方法も

思いつきません。

 

必ず何かしらの価値が

付随していなければ

経済活動は起こらないのです。

 

「そこにいるだけ」では

価値が発生しにくいのは

わかりやすい例ですが

 

たとえ何かしらの行動を

起こしたとしても

その行動自体が誰からも

価値を認められなければ

残念ながらそれは

ビジネスという経済活動の

分野おいては無価値と

判断された結果なのです。

 

今の世の中、

心が病んでる人が多いせいか

人に癒しを投げかける言葉を

口癖のように言いたがる集団がいます。

 

【いいね教】の人たち。

 

何をしようが

どんな結果になろうが

 

「いいねー!いいねー!」

「いいじゃん!」

 

と言って相手をほめたたえ

その人を気持ちよくさせます。

 

僕は人間的には

素晴らしいと思いますし

実際その言葉を投げかけられると

僕自身もついつい

笑顔になってしまいます。

 

心が病んでいる人に対しは

その方法がより有効である事も

知っています。

 

しかし・・・

どうなんでしょう?

 

ビジネスの分野において

何でもかんでも

「いいねー!いいねー!」

「いいじゃん!」

と言ってその気にさせるのは

僕はどうしても違和感を

覚えます。

 

何度も何度も言いますが

ビジネスの分野においてですよ。

 

ビジネスの分野において

「君はいるだけでいい」

と言われたらどうなんでしょう?

僕ならバカにされてると

思ってしまいます。


他にも、たとえば

そのまま尽き進めば

崖から落ちて取り返しのつかない事態が

待ちかまえているとわかっているのに

「いいねー!いいねー!」

「いいじゃん!」

と言って行動を促して

その後は知らん顔みたいな

人たちが結構いるなぁと

最近感じています。

無責任に「いいね!」を繰り返し

本人に振り返ったり

反省させないのは

本当にそれでいいのか?

と思います。

 

せめて

なぜいいのか?

その理由くらいは言おうよ!

と思うのです。

 

しかし彼らは

理由などよくわからずに

パブロフの犬のように

条件反射的に

とにかく

「いいね!」

を連呼する毎日。

 

「いいねー!いいねー!」

 

「何がそんなにいいんですか?」

 

「ん?・・・・そういうのもいいねー!」

 

「は?」

 

「いいんだよ!君はそのままで!」

 

「・・・・。」

 

あれもダメこれもダメと

否定し続けるはもちろん

明るい未来が見えませんが、

 

「いいねー!いいねー!」

「いいじゃん!」

「あなたはそのままでいい!」

 

と口癖のように何も考えずに

言い続けるのは

 

「あれもダメこれもダメ」

 

と同じくらい未来が見えません。

 

崖から落ちそうな人に向かって

 

「いいね!いいね!」

「そのままでいいんだよ!」

「人生に無駄な事など何もない!」

 

などと言う事は

僕は口が裂けても言えないです。

 

僕がこの例えを言うと

「それは大袈裟でしょ!」

と言う人がいます。

 

条件反射でいいね!と言う人たちほど

「それは例外でしょ!」

とか

「それは大袈裟でしょ!」

という逃げ方をします。

 

なぜそこは

「いいねー!そうだねー!」

と言ってくれないのか不思議ですが

とにかくそこだけは

否定されます。

 

たしかに

その先に崖があるかどうかは

誰にもわかりません。

崖のように見えているけど

そうでないかもしれません。
安全かもしれません。

 

そういう意味では

そっちに行ってはダメ!

と言う事もできません。

 

ダメ!!とも言えない。

いいね!とも言えない。

 

否定も肯定もできない。

 

じゃぁどうしたらいいのか?

 

すでに何度も言っていますが、

僕は否定するにしても

肯定するにしても

きちんと理由が述べられる人

それを考えている人の言う事なら

耳を傾けてもいいと思います。

 

しかしそれをただ鵜呑みにはしません。

自分で考えて、自分で確かめて

自分で判断します。

 

逆にただ口癖のように何も考えずに

否定したり肯定したりする人には

近づかないです。

 

自分で判断するしかないのです。

自分でそれがいいのかどうかを

自分の足で立って

怒られようが褒められようが

自分で後ろを振り返ったり

少し先を注意深く見据えたりしながら

しっかり一歩一歩

自分の足で確かめながら

手探りしながら

先に進んだり

後戻りしたりするしかない

ということです。

 

そういうベース(根拠)の上であれば

たとえその人が何をやっていても

「いいね!」

と心から言ってあげることが

できると思います。

 

僕が誰かに

「いいね~」

「いいじゃん、いいじゃん!」

という時は本人が意思を持って

根拠を探っている時と心がけています。

情報ビジネスの存在理由

こんにちは

岡田です。

 

人は教育というものを

いつまでも受けたいものだなぁと

最近つくづく感じることが多いです。

 

いい大人がいつまでも教えてもらう、

そんなことしてていいのか?

と思ってしまうことも正直あります。

 

しかし冷静に考えて

まったくわからない状態から

ある日突然頭の中にその知識が

湧いてくることはありえません。

 

きっかけとなる外部刺激がない限りは

その事象に関する造詣が

深まることはないと思うのです。

 

その外部刺激こそが

教育と呼べるものだとすれば

刺激が多ければ多いほど

人生が楽しくなると結論づけていい

と個人的には思います。

 

もちろんそう思わない人も

ある一定の割合でいることも

否めませんから人それぞれです。

 

ただ、刺激というものは

まさに興奮でもあり

良くも悪くも脳や心が揺さぶられる

体験ですから

それをもってしても

人生を楽しめないとしたら

逆にあとは何によって楽しくなれるのか

もしそれ以上のものがあるのであれば

本気で教えて欲しいと思います。

 

もしこの教育とは刺激であるという

仮説が成り立つのであれば

僕は教育が人生を楽しくさせる

大きな要素であるとつくづく

感じてしまった次第でございます。

 

だから僕は大人になった今でも

誰かからの教えを乞いたい願望が

なくならないのです。

 

一度しかない人生を刺激的に

楽しみたい、ただそれだけ。

 

教わるというと何か仰々しいことに

感じる人も中にはいるかもしれませんが

僕が言う教育とは

何かについてちょっと人より詳しい

もしくは先に知ったというだけのことを

後から来るそれを知らない人に伝えてあげる

その程度のライトな感覚です。

 

もしその情報伝達を受け取るのに、

つまり教育を受けるのに

費用が発生するとしたら

そこにはある程度の価値が付随され、

ある一定の品質が担保されさえすればいい。
そしてその品質が保証されれば

そのサービスはまだまだ広がりを見せると

思います。

 

それがビジネスとしての

情報サービスと呼ばれるものに

未だなり得るのです。

 

今、情報がありとあらゆる媒体によって

ほぼ無料化されてきていますが

それでもなぜか情報を通じての

産業が大きなウェイトを占めています。

 

2018年現在においては

YouTuberと呼ばれる人たちが

その波に乗ったことも

現象の一つでしょう。

 

教えを乞うということを

重く考えずに

むしろ人生を楽しむものとして

どんどん体験してもらいたいです。

 

理論抜きにして感覚的にも

知らない事を知るようになる

ということは

エキサイティングなことだと

思いませんか?

 

そしてそれは自分が誰かから教わる

という一方通行だけではなく

自分が誰かを教えることも

刺激を与える事になるだろうし

それによって自分もまた

刺激を受けることにもなると思うのです。

 

そこに品質を保証できれば

ビジネスとしてまだまだ

成り立つ時代は残されていると

確信しています。

 

事実僕もその恩恵を受けている一人です。

人に何かを伝えることで

楽しく仕事をさせてもらっています。

 

もしご自分がある程度の品質を

保証できる情報を発信できるなら

恐れることなくどんどん

教えていきましょう!

 

p.s.

ちなみに僕のビジネスとしての
情報発信の一部はこちらです。

http://okada-koji.com/seminars/cat333/67.html

品質も参加者が証明してくれています。
良かったら確認してみてください。

失敗しても楽しさを維持できる技術

こんにちは 岡田です。

人ぞれぞれ性格というものがありますが

それにしてもここまで違うと

おもしろいくらい明暗がはっきりしますね

と思った事をシェアしたいと思います。

僕はコンサルタントという仕事柄

スタンスとしてブレーキ役になるのが

理想かなといつも思っています。

クライアントさんがアクセルを踏む仕事です。

あれもこれも無茶したり暴走したり

しがちな経営者(クライアント)さんに

「少しは考えて、

 まずは小さくテストして

 それからドカンといきましょう!」

というような役目です。

ところがです。

多くの場合、僕が戦略や戦術として

「たとえばこんなのどうですか?」

という一例を示すと

「確かに理論的にはそうなるし

 それができたらいいんだけど

 ウチではちょっと・・・・。

 そんなことをしたら

 今までのお客さんがどういう反応するか・・・」

みたいな感じの返答が多いのです。

「僕の提案はあくまで一例なので

 他のアイデアはもちろん歓迎ですし

 ぜひみなさんが考えた物の方を

 真剣に前に進めましょう!」

と言ってもこれと言って特になかったり

何か他のアイデアを一応

言ってはくれているのですが

正直、それが今までとはいったい

何がどう違うのよくわからない、

ほぼ誤差のような違いでしかない

提案をしてきます。

そしてそれをした結果として求めるものが

売上や顧客満足度の

大幅アップだったりします。

もちろんそのアイデア自体を

否定しているのではなく

それはそれでやった方がいいのも

よくわかります。

しかし

お客さんの立場になってみると

よくわからない程度の違いであれば

それによって大きく何かが変わることは
ほぼないと思うのです。

そして僕が何より怪訝に思うのは

その程度のことだけやって

楽しいのかどうか?

ということです。

ビジネスやっていて楽しい?

なんだかイヤイヤ仕方なく

今までのやり方は変えたくないけど

どうしてもと言うなら

これくらいのことだったら

やってもいいけど、

どうかな・・・・

やれるかもしれないし

やれないかもしれないし・・・

みたいな空気が流れている中での

仕事が楽しいか?ということです。

その一方で

「これをこんな風にやったら

 あんなふうになっちゃったりして!」

「だったらいっそのことこっちもやっちゃう?」

「チマチマやってないで一気にやっちゃおう!」

「それとかこういうのもよくない?

 お客さんビビると思うよ!」

「驚く顔がおもしろいけど

 一定数のお客さんからは

 怒られるかもね!

 ギャハハハハ!!」

そんな学生の悪のりみたいな感じで

僕が

「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい。

 もう少し穏やかに行きましょう!」

と場を沈めるのに

四苦八苦するクライアントさんもいたりします。

僕は後者の方が

不謹慎かもしれませんが

すごく好きです。

可能性に満ちあふれているからです。

そして僕の役目は

「頼むからアクセルゆるめて!

 ブレーキ!ブレーキ!」

 少しでいいからテストさせてください!」

みたいな役割です。

みなさんはどう思いますか?

前者の超慎重派で

今までと大きく違う事を避け

コツコツとやって

結果がでるかもしれない方

後者の暴れ過ぎだろ!

と思ってしまうような

無茶なアイデアで

次から次へ次へと

怒られながらもやってしまう方

どっちが大きな違いが出ると思いますか?

僕は正直後者の方が結果が出ると

思うのですが、でもそれは

やってみないとわからないのが

真実だったりします。

どっちが正しいかは

やる前は誰にもわからない

ということです。

ただ言える事は

どっちがビジネスをしていて

楽しいか?

一度しかない人生で

答えがわからないなら

どちらを選ぶか?

と問われればどうでしょうか?

僕は少なくともそのお店の

お客さんの立場になったら

そこで働いている人たちが

苦虫かみつぶしたような顔で

暗く仕事をしているより

なんかうるせー社員だなーと

思いながらも

ばか騒ぎしたりして楽しんでる

方の人たちに魅力を感じます。

「こうやったら確実に成果につながる!」

という答えがどうせわからないのなら

たとえうまくいかずに

関係各位から怒られたとしても

そんなものは謝ってしまって

とにかく楽しくやった方が

長くいろんなことを

試してみることができると思うのです。

前者の人たちは

恐らく恐怖と闘っているのです。

まだきていない恐怖と闘っているのです。

その問題が起きてから

どうしたらいいのか

闘えばいいのに。

これからくるかもしれない恐怖と戦い、

不安を隠すために 他人に対して攻撃的になる

そんな仕事の仕方をしている気がするのです。

僕はコンサルタントなので

何かを強制させて前に進めることは

できません。

どこまでも気付きを与えたり

時にアイデアの提案をするだけです。

まさに性格もあるので

何が自分にとって楽しいのかも

人それぞれなので強要はできませんが

あくまで僕は

悪ふざけ的なノリの方が

脳がフル回転して

しかも楽しく仕事ができるので

いい結果を導きだすのではないかと

思ってしまうのです。

そして問題が起きたときの

最高の切り札、

「謝る」

という人間にしかできない技術を

フルに使おうではありませんか。

調子が良い時に注意すること

こんにちは

岡田です。

 

あけましておめでとうございます。

2018年が始まりまして4日が経ちました。

早いモノで残り361日です。

良いお年を〜。

 

ということで2019年に向かって

良いお年を迎える為に

残り361日を実りある時間にしたいと思います。

 

2018年のグループコンサルも

個別コンサルも

予想をはるかに上回るご応募をいただき

ありがとうございました。

 

毎年値上げし続けておりますが

毎年人数が増えており

嬉しい限りです。

ありがとうございます。

 

また一般の方が参加できる

営業トーク構築セミナーも

連月定員オーバーで

次回の分も定員に達しました。

ありがとうございます。

 

グループコンサルに参加される方

個人コンサルを受けられる方

セミナーに参加される方

いずれもお楽しみに!

 

その他にも実は新しい事業が

昨年末からいくつか起動に乗り始め

今のところいい感じで動いております。

 

順風満帆の時にこそ

足元をすくわれない様に

注意が必要なのですが

今日お伝えしたい事は逆です。

 

順風満帆の時には

注意事項なんて考えずに

その波に大いに乗ってしまえ

ということです。

 

人は誰でもスランプを迎える時があります。

調子が良い時と悪い時があります。

 

今調子が悪い人は

この状況から果たして

抜け出せるのだろうか?

という不安でいっぱいだと思います。

 

逆に常に絶好調でいつも新記録が

出続けているという人は

いないと思います。

 

どんなに調子が良くても

一度調子が悪くなると

悪循環に陥り

いわゆる負のスパイラルに

苦しむことになります。

 

その苦しみを事前に

どうやって小さくするのか?

 

それを考えておくことは

もちろん大切なことですが

スランプ自体を避けることは

不可能です。

 

自分にとって都合が悪かったり

調子が良くないことは

必ず起きるものなのです。

 

だとしたらスランプを恐れて

それを待ち続けるよりも

放っておいてもどうせ

スランプが訪れるなら

調子が良い時に調子が良いことを

し続けた方がいいのです。

 

負のスパイラルは抜け出すのに

相当なパワーが必要です。

にもかかわらずせっかく

正のスパイラル状況にいるのに

なぜか自らブレーキを踏む事で

その場から去ろうとし

結果としてスランプに

自ら陥ってしまうのです。

 

ブレーキをかけたり

注意を促すことは

周囲が勝手にやってくれます。

周囲が勝手に足をひっぱってくれます。

 

妬みの場合もありますが

愛情を持ってブレーキを

かけてくれる人もたくさんいます。

 

それが効果的に作用して

悪い状況を防ぐことも

もしかしたらたくさん

あるかもしれません。

 

しかしそのブレーキをかけることを

自分でやる必要はないのです。

もしブレーキ役が必要だと思うなら

それは親なり先生なり上司なり

尊敬できる人の意見を聞いて

それ以外の雑音は放っておけばいいのです。

 

もしかしたら

調子に乗り過ぎて次に大きな失敗や

致命的な失敗が訪れて

事業をつぶしてしまうかもしれません。

 

ただ、どうでしょう?

逆に調子がいつまでも出ない場合も

それが続けば事業って

潰れないですか?

 

どうせ潰すならどっちがいいですか?

一時でも調子が良い方を

経験したくないですか?

 

少なくとも潰さずにすむかもしれない

可能性があるのは

調子に乗っていけるところまで

行く方です。

 

負のスパイラルから抜け出せないのに

事業が成長して大成功を納めるなんて

聞いた事がありません。

 

なので、調子が良い時は

調子ずいて足元は誰か尊敬できる人に

見ておいてもらいましょう。

 

自分はどこまでも

羽ばたいて行ってしまいましょう。

 

唯一気にしておく事は

その調子はいつまでも続かない

ということだけです。

 

だからこそ調子が良いときは

全力でその波に乗ることが

大切なのです。

 

そしていざ調子が悪くなったら

今まで調子が良かったことを

「あー、十分楽しんだ!」

と言ってまたその楽しいときが

訪れる様に、その希望を糧に

スランプを迎えれいるのです。

 

これをしないとスランプが続いた場合は

ただの本当に辛い人生です。

 

海外旅行に行った時に

おもいっきりハメをはずして

楽しむのと

 

帰国後に仕事がたまっていることに

不安を感じて、海外旅行を楽しまずに

ホテルの部屋で黙々と

帰国後の仕事の準備を

するのとでは

 

帰国後にどっちが仕事に

集中できる人間か?

成果を出せる人間か?

は何となくわかると思います。

 

他人だとそれがわかりますが

自分のことだとなかなか見えないです。

 

なので難しい事は考えずに

もし調子がいい状況なら

それはどこまでも楽しみましょう。

調子が良い時に注意することは
注意をしないことです。

 

新年一発目のブログなので

なるべく明るくイケちゃう話に

してみました。

 

でもそんな軽い話ではなくて

売れている営業マンはみな

それがわかっていますよ。

 

だから売れているときは

売れない気がしないのです。

どんな人にでも売れるという

ある種の勘違いがまた

良いスパイラルになっているのです。

 

そしてそれはトップセールスマン

ではなくても

誰もが一度くらいは

経験したことがあるので

潜在的にはわかっているはずです。

 

ご自分の胸に手をあてて

思い出してみて下さい。

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