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「簡単にできること」の記事一覧

簡単にできること

こんにちは
岡田です。

昨日は誕生日で本当に
たくさんの方から
コメントやメッセージ
お祝いをしていただきました。

ありがとうございました。

お祝いの余韻はほどほどにして
本題に入りたいと思います。

人間の身体というのは
一度にできることに
限界があると思います。

たとえば

包丁で食パンを切りながら
ピアノをひきながら
セーターを編むことは
できないと思います。

たった3つのことすら
一度にはできません。
2つでもかなり難しいです。

それ、やる意味ある?
という冷静なツッコミは
ここでは置いといて。。。

とにかくできることと
できないことがある
ということを前提に
話を進めます。

では1つだけならどうか?

当然できる可能性は
ぐっと広がります。

包丁で切る事
楽器で音を出す事
毛糸を編む事

さらにその1つ1つの
瞬間の動作については
大人であればほぼ
できると思います。

ピアノは鍵盤をたたけば
赤ちゃんでも音は出せます。

かまぼこくらいなら
幼稚園児でも包丁で
切ることはできます。

編み物もただひたすら
ロープのようなものを
作るだけなら
小学生でもできるかと。

さらにその動作の瞬間瞬間を
超超超超超細分化していくと
そのほとんどが
「●●しているだけ」
です。

楽器なら叩くだけ。
吹くだけ。
弾くだけ。
包丁なら前後に動かしてるだけ。
編み物なら編み針に
毛糸をかけてるだけです。

でも当然それだけではありません。

楽器ならメロディーを
奏でるために
吹きながら指を動かしたり
包丁なら利き手以外の動作に
緻密な何かを求められます。

さらに言えば姿勢だったり
構えだったり
呼吸だったり
精神状態だったり

いろんな要素が重なりあって
1つの技になっていく。

それが美しい音色になり
その美しい音色の連続が
曲を奏でることになります。

ではその技とは
誰でも簡単にできることでしょうか?

そしてその技の集合体によって
できあがった「作品」は
誰でも同じ様に作る事は
できるのでしょうか?

僕は台所には滅多に立ちません。
さすがにかまぼこくらいは
切れると思いますが
「やわらかい食パンを切れ!」
と言われたらおそらく
ボロボロになるかと。

つまり僕がサンドイッチを
作ろうと思うと
別の料理になります。
いや、料理にすらならずに
何かのエサと化すでしょう。

だから僕にとっては
サンドイッチは
お金を出すに値するものです。

僕が編み物をしたら
毛糸がからまった物体になります。

だからセーターを買うのに
お金を払います。

僕がバイオリンを弾いたら
間違いなく雑音になります。

だから僕はクラシックの
コンサートはお金を出すに
十分値するものなのです。

何を当たり前のことを?
と思うかもしれません。

ここで最近のあるあるネタです。

○○するだけで月収50万円
スマホ1台あれば誰でも●○できます
××するだけで10キロ痩せます

恐らく1日1回はこの手の
ものに目を触れることは
あると思います。

しかしその境地にいたるまで
相当複雑な何かをしなければ
うたい文句にある理想の未来は
手に入れることは
できないと思います。

複雑な何か、
たとえば練習とか考え方とか
試行錯誤とか
それ、つまり技のようなものが
できるようになって
はじめて理想の未来を
手に入れることが
できるのです。

その技を「後から」冷静に
細分化したものが
「●●しているだけ」
なのです。

そこだけ切り取って
「●●だけで○○が手に入ります」
と言われたらどうでしょう?

確かに日本語としては
間違ってないかもしれません。

しかし

次の日本語を聞けば
それを真に受ける大人は
いないでしょうし、
それが「●●だけ」でできるように
なるとは思えないでしょうし

さらに

その方法を知るのに
お金を払う人は
殆どいないでしょう。

「あなたがピアノの鍵盤を
 ただくだけで
 集まった1000人の人を
 感動させて数百万円
 手に入れる方法があるのですが
 知りたくありませんか?」

これをやっている人は
もちろんいます。
それはプロの中でも一握りです。
それができるようになるまでに
何年、いや何十年も
苦しい期間が必要なのかは
教えてもらわなくても
想像ができます。

「●●だけ」で数百万円
手に入れられないことくらい
言われるまでもなく
わかることです。

しかし

「あなたが家にいながら、
 スマホで映像をアップするだけで
 数万人の人を感動させ
 月収100万円を手に入れる
 方法があるのですが
 知りたくありませんか?」

と言われるとなぜか

「そんなおいしい話があるなら
 ぜひ聞きたい!」

と言って片足を突っ込みます。

日本語的には嘘ではないので
後から簡単でないことがわかると
その片足を元に戻すか
両足で歩き始めたものの
本当にしたいことでは
なかったことに気がつき
結局両足を使って
後戻りします。

ピアノの鍵盤をたたくだけで
1000人もの人を感動させられる
のはそれを本当にしたかった人が
地に足をつけて両足で
何百万歩も歩き続けた人だけが
つかむ事ができる夢なのです。

ピアノの鍵盤をたたくのも
包丁を上下前後に動かすことも
スマホで映像をアップするのも
人によっては大きな価値があるし
人によっては全く無意味な
動作です。

人によっては無意味な動作を
世界中の誰に何を言われようが
その本人が本当にしたいかどうかです。

もしくはたとえ
したくなくても
やり続けられる覚悟が
あるかどうかです。

それがないのに
「●●だけで」
の部分に反応して
いろいろ手を出し、
お客さんを巻き込むのは
僕は少なくともできません。

僕の考えが時代遅れで
甘いのかもしれません。

というかそもそもそこに
誰がお金を払うのか僕には謎です。

僕が弦をひいただけの
バイオリンの音に
誰が感動するのでしょう?
誰がお金を払うのでしょう?

興味本位で友人が
一度くらいはお金を払って
くれるかもしれませんが
自分が生き続けられるくらい
お金を払い続けてくれる人が
いるとは思えません。

もしそれを望むなら
「●●だけで」
はムリなことくらいは
言わずもがな、です。

まぁいろいろやってみるのは
人生の「体験」としては
価値のかることなのかも
しれません。

「●●するだけで」でも
体験だけならできますから。

誰でも簡単にできることが
未来永劫、価値が下がらず
職業として価値があり続ける
ことがもし可能なのであれば
それもアリなのかもしれません。

僕は未来永劫どころか
3年ももたないのが
今の世の中だと思います。

そして

これからもっともっと
その価値が下がる速度は
加速する気がします。

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