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儲ける脳のつくり方

素直に生きる

こんにちは
岡田です。
今日一緒に食事をした
とある人物がこのブログを
読んでくれていることが
わかりました。
なぜわかったかというと
下記の記事の内容
が会話の中に出てきたからです。
なのでたぶん今回のこの記事も
読んでくれていると思います。
読んでますか〜?(笑)
さて、
先に記載した過去記事
を読んでもらうと
わかると思いますが、
人は「行けない」のではなく
「行かない」のです。
「買えない」でのはなく
「買わない」。
これを頭に入れておいて
読み進めて下さい。
「よくわからん」
という方は
過去記事をまだ読んでないと
思いますので
読んでもらってから
先に進むと理解しやすいと思います。
話を戻します。
食事中にその方の
とある悩み
を聞く事になりました。
「私、変わらなきゃと
 思っているのに
 なかなか変われないんです」
と。
それを聞いて同席していた
とある社長さんが
「変わらなくていいんだよ」
と伝えました。
それに対して
「そうなんですか?
 でも変わりたいんです。」
と言いました。
さて、この悩んでいる人の
本音(心の真の声)は
どちらでしょうか?
変わりたいのか?
変わりたくないのか?
僕が思うに
「変わりたくない」
が本音だと思います。
厳密に言うと
「今は変わりたくない」
です。
変わりたいと言っておきながら
変われないのは
もとい
変わらないのは
変わりたくないからに
他なりません。
過去記事で言えば
「行けない」
のではなく
「行かない」
という判断をしているのです。
それを体裁をつくろって
「(仕事で)行けない。」
と言っているのです。
「変われない」
のではなく
「変わらない」
のです。
自らが選んでいるのです。
わかりづらいですかね?
他の例にしましょうか?
「早く起きなきゃ!
 と思っているのに
 起きれないんです!」
という人の本音は
起きたくないのです。
体がそう言っているのです。
脳がそう判断してるから
「起きなくていい」という
信号を出しているのです。
「早く起きなきゃ!」
という得体の知れない
体裁をつくろっている
だけなのです。
つまり本当は望んでいない。
本当に起きたい
と思っているなら
必ず起きます。
これも例えて言うなら
付き合い始めの恋人が
初めてデートをする
その朝は
(心の底から)早く会いたい
と思っているでしょうから
(心の底から)
早く起きたいと思います。
なので、起きます。
自ら起きるのです。
話を戻します。
本当に本当に変わりたい
と思っていたら
気がつけば変わっている
くらいの勢いで変わるのです。
本当は変わりたいなんて
思っていない・・・
それを見据えた社長さんは
「変わらなくていいんだよ」
と言いました。
そりゃそうです。
本当は変わりたくないと
思っているのに
ムリヤリ変わっても仕方がない。
実はこの話をする前に
その社長さんは
ある話をしていました。
人が変わる事ができるのは
自分で本当に変わりたいと
思った時だけ。
外から誰がなんと言おうが
説得しようが何しようが
人は変われない。
なぜなら自分が
「変わらない」
と決めているから。
そんな話をしていました。
だから
「変わりたいと思っているのに
 変われないんです。」
といくら言った所で
「本当は変わりたくない」
という本音を見据えた上で
「変わらなくていい」
と言うしかないんです。
僕なりに言えば
変わ「れ」ないと
言っているうちは
変わ「れ」ないのです。
変わ「ら」ないというのが
心の声なのですから。
本当に変わる時は
「変わりたいのに」
とか言う間もなく
勝手に変わってます。
初デートの時に
起きようかどうしようか
などと悩む前に
勝手に起きてしまうのと
同じ様に。
逆を言えば
「変われない」
と言っているうちは
変わりたくないのが
本音ですから
それもある意味
自分に正直に生きている
ことになるのです。
体裁でつくろった声に
従うのではなく
脳の命令に
素直に生きていることに
なるのです。
その人のありのままの
個性というのは
そういうことだと思うのです。
だからその場合は
「変わらなくていい」んです。
それが良いとか悪いとかは
誰も決められません。
決められるのは自分だけです。
いつか心の底から
「変わることが自分にとって良い」
という瞬間が訪れたら
勝手に変わるでしょう。
だからその時は
変わった自分がいていいんです。
それが自分にとって
良い事なのですから。
ただ敢えて付け足せば
実際問題として
「ずっと変わらない」
ということは
なかなかあり得ません。
3年前と全く同じ自分
というのは奇跡に近いです。
大丈夫です。
無意識(本音)では
勝手に変わっていますから。
もし本当に3年前と
まったく同じで
微塵も変化していない
ということがあるとしたら、
それは
「成長(変化)もしてない」
ということになりますから
その場合は確かに
変わりたいと思うでしょう。
その気持ちもわかります。
しかし
永遠に微塵も変わらない
人間がいるとしたら
それはそれで別の意味で貴重ですから
貴重な存在として
生きている意味が見出せる気がします。

変われても変われなくても
いずれにしても
存在意義は見出せますから
安心して生きましょう。
あくまでココからは
僕の個人としての意見というか
生き方を宣誓します。
変わらないとか
そのままでいいとか
それらの言葉通りに
本当に変化を望まないことは
成長しないことと
イコールですから
僕はそんな人生は嫌です。
いつまでもいつまでも
「変わらない」
と本気で望んでいる人が
近くにいたら
僕はちょっと疲れる気がします。
僕は本気でそうなりたくない。
だから僕は僕に対して
心から変わることを望んでいます。
だから僕は変わります。

コピーライターは職種?

こんにちは
岡田です。
僕の仕事はコンサルタントですが
特に営業力を強化するのを
得意とするコンサルタントです。
毎月行っているセミナーも
名前が「営業トーク構築セミナー」です。
その営業トーク構築セミナー、
次回3月7日に開催される回の
サブタイトルは
「気になるキャッチコピーを作るコツ」
です。
このタイトルに決定してから
ほぼ毎月参加してくださっている
お二人の方から別々に
同じことを聞かれました。
もちろん表現は違いますが
概ね以下のようなことでした。
キャッチコピーって
チラシや広告に書いたり
インターネットの広告や
ホームページに必要なものであり、
リアルに現場に出ている
営業マンにはあまり関係ないのでは?
と言った内容でした。
それを言いたい気持ちは
わからないこともありませんが
僕の考えは違います。
そもそも
キャッチコピーとは
コピーの中でも
特に冒頭部分、人の気持ちを
キャッチする部分なので
ひと際コピーを生み出す
能力が問われる部分です。
キャッチコピーでしくじると
それより後に書かれているものが
読まれなくなったり
興味を示さなくなってしまいます。
なのでとても重要な部分です。
キャッチコピーはもちろん
ボディコピーに至るまで
コピーを書くその能力が
コピーライティングと呼ばれるものです。
時折、コピーライティングは
文章術と思われることが多いですが
僕は文章術というよりも
営業力だと思っています。
今からおよそ100年前に
広告業界の偉人
ジョン・E・ケネディという人が
広告とは
「Salesmanship in print」
(印刷されたセールスマン)
という言葉を残しています。
僕もまったくその通りだと思います。
広告は本来営業マンがすることを
紙やインターネット上で
営業マンの代わりに販売行為を
代行してくれているわけです。
突き詰めて行くと
営業行為をするのが
口か文字かの違いでしかない。
コピーライティングというのは
営業や販売という職種の中で
使われている一つのツールに
過ぎないと僕は思うのです。
よくリアル営業とか
ネット販売とか
分けて考えますが
インターネットも
営業行為をするにあたり
一つのツールに過ぎません。
広告や看板もそうです。
営業行為の一つのツールです。
営業マンが営業車を使って
営業活動をしていたら
車は営業行為の一つのツールです。
電話で営業活動をしていたら
電話は営業ツールの一つです。
営業車も電話もインターネットも
広告も看板も
営業や販売という職種の中で
使われている
ツールを指しているのです。
僕はツールだけを指す
職種はないと思うのです。
例えば営業活動において
営業マンが車を使っていたら
「僕は車ビジネスやってます」
と言うのでしょうか?
ネットビジネス
(ネットを使ったビジネス)
と言うのと同じ様に。
そう考えると
ネットビジネスって
おかしいですよね?
コピーライティングも同じです。
「僕の仕事は
 電話ビジネスだから・・・」
「僕の仕事は
 看板ビジネスだから・・・」
「僕の仕事は
 車ビジネスだから・・・」
と言っているのと
同じような感覚で
「僕の仕事は
 コピーライティングだから・・・」
と言ったらおかしくないですか?
コピーラティングだろうが
車だろうが、電話だろうが
看板だろうが、
いずれも営業活動において
必要なツールの一つに過ぎないのです。
一つのツールに縛られた
営業活動に未来はありません。
営業車を使ってでしか
販売行為ができない人は
車が壊れたらその会社の
未来はありません。
営業という職種を
強化するコンサルタントである僕は
コピーライティングが
営業活動の一つツールであるなら
営業活動全般の中で
コピーライティングや
キャッチコピーの術を
お伝えするのは
むしろ自然な流れでもあるのです。
広告とは
「Salesmanship in print」
と偉大な先人が教えてくれた様に
営業マンが自分が話す言葉を
文字にすることで
広告が作れることはもちろん、
自分の営業トークを
見直すいいチャンスにも
なると思うのです。
僕がセミナーで
その詳細をお伝えすることで
営業成績が伸びる!

その可能性を信じているからこそ
営業に携わる人に向けて
キャッチコピーのセミナーをするのです。
クドクド書いてしまいましたが
キャッチコピーを作るのに必要な
コピーライティングという技術は
営業力の一つに過ぎないのです。
営業が出来る人は
コピーライティングも出来る
このことは必ずしも
イコールではありませんが
近似値として
そんな気がしませんか?
そう考えれば逆のアプローチで
キャッチコピーを作れたり
コピーライティングの
技術があがれば
営業力も強化される
そう僕は信じています。

キャッチコピーは営業トークで言えば
最初の一言目です。
最初の一言で
「忙しい。帰れ!」と言われるか
「フムフム。それで?」と言われるか。
営業活動をしてて
どれだけ前者を少なくして
後者の流れを作れるかが
肝だと思うのです。
一度作ってしまえば
それを口で言えない時に
代わりに文字(チラシ等)で
伝える事ができるのです。
もし扱っている商品が
本当に素晴らしいものであるなら
営業成績があがるということは
喜ぶ人が増えるということです。
喜ぶ人を増やしたいのであれば
自分の営業実績を増やせば
喜ぶ人は増えます。
とてもシンプルです。
自分の営業成績をあげたい、
つまり喜ぶ人を増やしたい人は
ぜひこの能力を強化して欲しいと
思います。

ただの良い人から抜け出す一歩

こんにちは。
岡田です。
普段会話をしていて、
たまに耳にしませんか?
「あの人、良い人なんだけど・・・」
というフレーズ
自分が言わなくても
誰かが言っているのを何度か
耳にしたことがあると思います。
この言葉を聞いて文字通り
「良い人」
であるとそのまま受け取り
他意はないと思う人は
あまりいないのではないでしょうか?
短所はもちろんあるけど
総じて悪い人ではない。
敢えて長所を探せば・・・
・・・なんだろう?
と少しの沈黙の後に
漠然と「良い人」である
こと以外具体的な長所が
すぐに見当たらない
そのような人のことを
形容するためにあるようなフレーズ
「良い人なんだけど・・・」
ところで
冷静になって
ご自分の周りを見渡してみると
どうでしょう?
本当に本当に
悪い人っていますか?
本当に悪い人ですよ?
たぶんそうそういないと
思います。
良い人・・・
どちらかと言うと良い人たち
その集合体が今の日本です。
つまりその他多勢の一人に
過ぎないということ。
戦後、教育制度が発達し
文化水準が上がり
道徳観や倫理観がレベルアップ
してきた近年では
良い人であることは
「ある一定のベース」
になっているのです。
良くも悪くも今の日本では
「良い人」であることは
ごくごく普通になってきています。
そしてそれを他人事の様に
「そうそう!そうだよね!」
と思っている人こそ
自分もその
「良い人なんだけど・・・」
の対象になっていることを
忘れてはいけません。
つまり僕も含めて多くの人が
ただの「普通に良い人」なんです。
普通じゃいけないの?
というツッコミが入りそうですが
もちろん良い人であることを
否定しているわけでもなく
悪い人間になれと
言っているのではありません。
そしてもちろん
普通であることが
いけないことであるなどと
言うつもりは微塵もありません。
それに普通ってそもそも何?
と問うた時に
言葉の意味を辞書的に
定義することはできても
「現実の普通」を定義することは
誰もできないのではないでしょうか?
にもかかわらず僕を含めて
「普通」という言葉を
使っています。
普通に。(笑)
一人一人が普通に
どこにでもいる良い人。
でも、よ〜くよ〜く
丁寧に見ると
決して、誰一人として
同じ人なんていません。
その一人一人が
自分らしく生きる・・・
自分のキャラクターを輝かせ
自分のしていることに誇りを持ち
自分が作り上げた物やサービスが
多くの人たちの役に立ち、
時に自分が関わった人たちが
他の多くの人たちの役に立つ、
それが自分の歴史を
作っていくことであり、
それが生きた証になる。
そんな人生が歩めたらいいなぁ
と思うのであれば
たとえ自分が
普通に良い人であったとしても
その「普通に良い」ことを
多くの人に自分らしさを際立たせて
知ってもらうことが
その生き方をより現実的にさせてくれる
第一歩なのだと思うのです。
有名人と呼ばれる人たちに
過去に会ったり話したりしたことが
少なからずあると思います。
僕たちと同じように
「意外と普通」
という印象がありませんでした?
では
今、有名人である人が
有名になれた理由は
どこにあるのでしょうか?
僕たちと何が違うのでしょう?
それは実際には
「普通に良い人」
であったにもかかわらず
その人がやってきたことが
際立って多くの人に
認められたということの
結果なのだと思います。
そのはじめの一歩が
「普通に良い」を
ただの普通に見せずに

興味をわかせたり
面白く見せたり
楽しそうに見せたり
価値を高く見せることから始まり

それを続けたことで
いつしか普通から大きく離れた
偉業を成し遂げ、
結果として有名になってしまった

ということなのだと思うのです。
そのプロセスを経ない限り
思い立った時にいきなり
偉業を成し遂げて
突如有名になった
ということはないと思います。
その普通かもしれない自分を
少しでも多くの人に
認めてもらうために
やれることはたくさんあると
思うのですが
その第一歩を踏み出すには
繰り返しになりますが、
「普通に良い」自分を
多くの人に気に留めてもらう
ことから・・・だと思うのです。
普通に良い人であることを
多くの人に気に留めてもらう・・・
言うのは簡単ですが
それにはその技術を学ぶ必要が
あると思います。
それがキャッチコピーと
呼ばれるものです。
そのキャッチコピーを学ぶことで
自分が「普通に良い人」から
少し普通じゃなくなり
やがて
「とても良い人」になり
ゆくゆくは「すごい人」になり、
行き過ぎて「変態」になるのです。
変態になるかどうかは
個人の采配に任せますが
まずは「普通に良い人」から
「とても良い人」そして
「すごい人」を目指してみるのも
一度きりの人生なので
やってみてはいかがでしょうか?
キャッチコピーはどこでも学べます。
本でも学べます。
ネット上にはたくさん
キャッチコピーの情報が
あります。
どこでも学べますでの
どこで学んでもらっても
いいと思います。
ただ、もしこのブログを読んで
タイミング的に
「そうだ!キャッチコピー!学ぼう!」
と思ったのであれば3月7日に
キャッチコピーのセミナーをしますので
良かったら起こし下さい。

予測する能力を高める方法

こんにちは
岡田です。
人を怒らせてしまうことって
ありますよね?
ビジネスをしていて
人を怒らせてしまうと
そのままクレームとなり
下手したら返金に・・・
なんてことも
なきにしもあらず。
誰も望んでいないにもかかわらず
なぜ人を怒らせてしまうことが
起きるのでしょうか?
一つ一つの細かい事は
それぞれ違うので
細かい観点での「なぜ?」に
ここでお答えする事は
できません。
しかし
大きな共通点として言える事は
怒らせてしまった人の
「期待を裏切った」
ということが一つ言えると
思います。
ちなみに期待とは辞書で引くと
よい結果や状態を予期して、
その実現を待ち望むこと。
とあります。
つまり相手が
良い状態を予測していて
それと違う状態に陥ると
怒るという現象が起きるのです。
でも僕たちは
人を怒らせる時というのは
殆どの場合、
知らず知らずのうちに
怒らせてしまいますよね?
もちろん
怒られる事を
覚悟した状態で
接する事もありますが。
いずれにしても
人を怒らせると言うのは
「予測」という概念が
大いに関係がありそうです。
相手がどのような予測をしているか、
それをまさに予測できれば
その通りにやればいいだけです。
そうすれば「期待通り」となり
怒らせる事はないでしょう。
もし、予測したことが
いろんな理由で
できないことであれば
事前に対応策を練る事ができます。
こういう場合は
怒られるのを覚悟して接する
という場面かもしれませんね。
相手の予測から外れてしまいますが
予測ができるからこそ
対応策を事前に練る事ができ
怒られることを最小限に
留めることができます。
例外的に相手の予測と
違ったことをしても
怒られない事があります。
それはいわゆる「サプライズ」
というやつですね。
相手の予測を上回って
さらに良い状態にする場合です。
これはまさに怒られない
例外ですが
怒られるにしても
喜ばれるにしても
相手の予測を知る必要が
あるのです。
相手の気持ちを察する
などという表現を
する人もいますが
厳密には少し違います。
相手の気持ちを察するのは
その瞬間も含まれます。
予測というのは
何かをする前に
「きっとこうなるだろう」
というものです。
なので、本当は怒っているのに
その瞬間は相手が怒らずに
我慢しているのを
「察する」ことをしていては
遅いのです。
ではその予測する能力は
どうやって身につければ
いいのでしょうか?
これは
今さらそんなこと言われても
と嘆いてしまうかも
しれませんが
子供の頃に
想像を必要とするおもちゃで
どれだけ遊べたか
が結構重要みたいです。
想像を必要とするおもちゃとは
ブロック遊びや
積み木遊びなどです。
それらが予測をする上で
なぜ頭に良いのか?
それは、単純な作りをしている
複数の組み合わせで
いろんな形に組み立てることが
できるからです。
ただの四角や三角の集まりが
いろんな並び替えで
いろんな物に化けていきます。
これはある程度予測しないと
とてもできない遊びです。
目の前にある一つ一つの
違った形状のものを
単に近いものから順番に
つなぎ合わせても
決してロケットには
なりません。
自動車にもなりません。
お城も作れません。
今必要なブロックはこの形!
と言えるのは
出来上がった時に
ロケットになりうる形を
頭の中で「予測」しているからなのです。
ぜひお子さんには
積み木やブロックなどの
脳を使って「予測」ができる
能力を早くから身につけて
もらいたいものです。
では大人は
どうしたらいいのでしょう?
もちろんブロック積み木遊びを
子供と一緒に常日頃から
やってもらっていいと思います。
しかしなかなか現実的に
それができない人もいると
思いますので
大人は大人らしく
その手段をご紹介します。
予測をすることの
まず第一歩目は
仮説を立てることです。
もし、ここでこれを
こうやったら
たぶんこうなるだろう?
それでいいのかな?
という仮説です。
仮説を立てる上で
必要なものは何でしょう?
仮説の原料と言っても
いいかもしれません。
それは「知識」と「経験」です。
特に経験は
仮説をより現実的に導き
自信を持たせる点で
知識よりも強力です。
世の中全てのことを
経験することは不可能ですから
それを補う意味で
知識があるくらいの
感覚でいいと思います。
知識と経験が増えれば増えるほど
仮説もたくさん立てられて
予測の可能性が広がります。
一つの予測だけだと
荒過ぎて外れる可能性が
高いことは説明するまでも
ありません。
より多くの仮説が
細分化された分だけ
予測が丁寧にできて
より現実に近い予測が
可能になってきます。
そう考えると
人を怒らせたくなかったら
自分がいろんな経験をして
いろんなことを学んで
予測する力を
身につけることが
大切なのではないでしょうか?

売れるフレーズは五感を意識

こんにちは
岡田です。
さて、今日は
タイトルにもありますように
五感を使いましょう!
というお話です。
五感とは
視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚
のことを指すのは
言うまでもありませんが
これを意識して文章を考えたり
営業トークを展開しているでしょうか?
僕自身、
常にそれを意識しているか?
と問われれば
決してそんなことはありません。
しかし何かの時に
ふと思い出す様には
しています。
僕は仕事柄
何かセールスレターや
POPなど売る為の文字を
書かなければならないことが
よくあります。
ひとまず出来上がったものを
当然読み直すのですが
たいていの場合
1回目に仕上がった文章など
まったく魅力がありません。
読んでいて気持ちが悪い。
とてもその文章を読んで
買う気にはなれません。
そこで修正に修正を重ねて
ようやく人様に
読んでもらえるくらいの
レベルになった時に
「よし!これでいいや!」
と普通だったら
終わりにしてしまいます。
僕も終わりにしたいのですが
どこかまだ足りなさを
感じている自分がいます。
そういう時ってないですか?
どこかまだ不十分だけど
まぁ、いっか。。。
みたいな時。
そういう時は
たいてい五感の要素が
少ない文章なのです。
そこで五感を意識した
フレーズを投入すると
そこに今まで無味乾燥としていた
文章に潤いが出始めて
読んでいてもイメージが
湧きやすくなったりするのです。
文章に輝きが出始めるとでも
言っていいかもしれません。
具体的に五感を意識した
フレーズってどんなものかと言えば
たとえば
触覚だったら
フワフワとかモフモフとか
ざらざらとかです。
聴覚だったら
ジュウジュウとかシュッとか
ガガガガがッとかです。
味覚なら
おいしいとか
まずいとか
甘いとか辛いとか。
なんだ?
そんなこと?
と思っていても
意外と使っていないことの方が
多いです。
そしてさらにコツを
お伝えします。
そのカテゴリーで使う
決まりきった五感を
あまり使わないことです。
たとえば
飲食に関わるセールスレターを
書く時に美味しいとかマズいとか
味覚を入れるのは
ある意味当然ですが
僕が言いたいのは
敢えてそこは
聴覚を入れたりするのです。
「箸でつまんではじける時に
 本当にプチっと音がする
 新鮮ないくらを
 食べたことがありますか?」
これに五感を味覚だけ使った
文章にしてみると
「本当に新鮮でおいしい
 いくらを食べたことがありますか?」
などになります。
普通過ぎて買いたいどころか
興味もなかなか持てないです。
コツはありきたりな
カテゴリーの枠に
留まらないということです。
思わず「そんな表現あり?」
と言ってしまうような
五感を意識して使ってみると
さっきまでのなんとなく
ありふれた文章に
磨きがかかります。
ぜひお試しください。

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