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儲ける脳のつくり方

面白いアイデアのヒント

こんにちは

岡田です。

 

ビジネスをしていて

何かキャンペーンをやったり

イベントを開催したり

それに伴ってアイデアが

必要となることが

あると思います。

 

そしてどうせやるなら

面白いとか楽しいとか

びっくりするような

という形容詞がつくものを

やりたいと思うのが心情です。

 

ところが実際に「面白い」

と言ってもなかなか

面白さを作り出せるほど

甘くはありません。

 

どうやったら面白いものを

作り出せるのか?

 

と理論的に考えれば考えるほど

どこか冷めてしまい

なかなか「面白さ」に

たどり着けません。

 

笑いってどうやったら

起こるのだろう?

 

と科学したところで

しかめっつらに

なるばかりです。

 

そういう時は

過去に笑いが起きた時の

ことを思い返してみることを

お勧めします。

 

笑いがどんな状況の時に

起こったのか

どういうシチュエーションだと

笑いになるのか?

 

自分たちの経験そのものが

参考になることが多いです。

 

参考になるというよりも

過去に実体験したことですから

どういう状況だったかを

思い出すだけでいいのです。

 

逆に言えば

ゼロから笑いをつくる必要が

ないのです。

 

僕がオススメするのは

「勘違い」です。

 

勘違いってそれが勘違いだと

わかった瞬間に

たいていの場合笑みがこぼれます。

 

照れくささによる微笑や

時に爆笑をもたらすことさえも

あります。

 

勘違いがもたらすおもしろさは

悪意がないことが多いので

人を傷つけることがほぼありません。

 

だからこそ笑えるのかもしれません。

 

脚本家の三谷幸喜さんの

過去の舞台作品でヒットしたのは

勘違いによる笑いを促すものが多いです。

 

シチュエーションコメディの作品を

作らせたら天才的ですよね。

 

過去にご自分が勘違いしてしまって

思わず笑ってしまったこと

大笑いされてしまったこと

もしあれば何かのアイデアの

種になるかもしれませんよ。

 

万が一、何のアイデアにも

つながらなかったとしても

思い出すだけで笑いが込み上げてくる

そんな一時を過ごせるだけでも

脳がリフレッシュできるので

オススメです^^

 

テクニックがバレても恥ずかしくない方法

こんにちは

岡田です。

 

ご存知の方も多いと思いますが

日本アニメーションの重鎮

宮崎駿監督が再度長編アニメを

製作するために

新人アニメーターを

募集し始めました。

 

「再度」と書いたのは

宮崎駿監督は長編アニメ製作から

過去に引退宣言を

しているからです。

 

そしてこの引退宣言、

宮崎監督ご自身の口から

過去に「何度も」されています。

 

記憶がうろ覚えなのですが

たぶん4〜5回は引退宣言を

しています。

 

このいつもの引退宣言が

松本人志さんの情報番組でも

放送されたそうです。

 

番組の中で宮崎駿監督の

過去の引退宣言の発言集が

紹介されたそうですが、

実は宮崎駿監督ご本人の

発言ではないものが

放送されていたそうです。

 

これに対してフジテレビが

謝罪したというニュースが

ネットで流れていました。

 

このどうでもいい情報を

なぜわざわざここで

取り上げたかと言うと

情報番組で取り上げられて

さらにフジテレビが

謝罪するくらい

宮崎駿監督の引退宣言は

話題性があるということです。

 

誤解されないために

敢えて記載しておきますが

僕は宮崎駿監督作品の

大ファンです。

 

先日、宮崎駿監督作品を

まだ一つも観た事がない人と

出会ったのですが

「めずらしい!」

と思ったのと同時に

ある意味うらやましいと

思いました。

 

ナウシカとかラピュタとか

あの面白さをこれから

新鮮な状態で体験できる

チャンスがあるんだ!

と思ったからです。

 

良い映画は何度観ても

面白いですが

やはり最初に観る感動は

別物ですよね。

 

話がそれたので

宮崎監督の引退宣言

に話を戻します。

 

宮崎駿監督作品ファンとしては

「これが最後の作品」

と言われればやはり

観たくなりますよね。

 

そのおかげかどうかは

わかりませんが

宮崎駿監督作品の興行収入は

浮き沈みは激しいものの

まだ引退をほのめかしていない

若い時代に製作した作品と

比べて4倍〜30倍もあるんです。

 

他にもいろんな要素が

あるにしても

引退をほのめかすことで

集客効果が発揮されたのは

少なからずあると思うのです。

 

宮崎駿監督自身は

そんなことを狙って

引退宣言をしているとは思いません。

 

しかし結果として皮肉にも

数字に出てしまっているのです。

 

例えが微妙ですが

紳士服のチェーン店の前を通る度に

閉店セールを見かけるのを

なぜか思い出してしまいます。

 

いつもいつも閉店セールを

やっている本人たちも

集客や売上のために

これで結果が出せるのなら

やるしかない

みたいな感覚なのでしょう。

 

繰り返しになりますが

宮崎駿監督は

そんなことを狙っているとは

思いません。

 

本当に力を出し切る思いで

作品に臨んでいるから

「これで最後だ!」と

言っているのだと思います。

 

さてここで

空気を読んで欲しいのですが

僕がなぜ宮崎駿監督は

結果として

紳士服の閉店セールと

同じ事をしていても

集客のためのテクニックを

駆使しているとは思わない

と書き続けるのか。

 

それは

作品に向き合う姿勢や

作品そのものが

ホンモノだからです。

 

では紳士服のスーツは

ホンモノではないのか?

 

スーツという意味では

ホンモノですし

決して騙しているとは

思いませんが、

少なからず僕の心には

響かないのです。

 

数ある紳士服チェーン店の

一店鋪が毎月のように

やっている閉店セール、

そのスーツ一着一着に

魂が込められているとは

僕には思えないのです。

 

あくまで「僕には」

響かないのです。

 

だから閉店セールと

言われても素通りしてしまうのです。

 

さて、

我が身を振り返って見て

 

僕らは集客や売上のために

閉店セールだけでなく

何かのキャンペーンや

プロモーションを

しかけると思いますが

それがテクニックだけだと

お客さんには響かないです。

 

どんなキャンペーンでも

プロモーションでも

普段からその商品やサービス自体に

本気で魂を込めて丁寧にやれば

お客さんは傍から冷静に見ていて

「また?」

「それテクニック?」

と感づいたとしても

それでも思わず

来店してくれたり

買ってくれたり

するのです。

 

しかも市場では

同じようなキャンペーンや

同じようなプロモーションが

たくさん見受けられる中で

 

このキャンペーンや

プロモーションは

他のそれらとは違う!

とお客さん自らが

誰に頼まれるまでもなく

弁明するほどに。

 

テクニックだろうが

なんだろうが関係ない。

 

お客さんが

「あの人は普段から

 魂を込めてやってる」

と認めるくれるほど

僕らは自分たちの仕事に

向き合っているでしょうか?

 

テクニックを使うことに

もし後ろめたさがあるなら

テクニックを使うかどうかよりも

 

テクニックを使っても

恥ずかしいとは思えないほどに

自分たちの仕事を

振り返ってみれば

答えは出てくると思います。

 

テクニックを使っても

いいかどうかという基準線は

そこにあると思います。

ビジネスの商談と国の交渉を重ねて見る

こんにちは。

岡田です。

 

先週に引き続き

世界情勢から仕事における

ヒントを探ってみたいと

思います。

 

先週は北朝鮮のミサイル問題でした。

http://okada-koji.com/blog/cat336/post_324.html

 

今の日本は・・・・

今と言ってもここ数十年、

特に戦争が終わり

経済的に豊かになり

諸外国に経済援助が

できるようになったころから

他人(他国)に対して

あまりノーが言えなく

なっています。

 

色んな理由があるにせよ

日本が頑張って働いたお金が

諸外国に大量に渡っているのは

事実です。

 

それが良い事なのか

どうかは別にして

「断る」ことができない

のは事実だと思います。

 

「断る」というと

イメージとしては

あまり良い印象がありません。

しかし意思表示としては

とても大切な一つの

選択肢だと思います。

 

お金を持ってる人が

本当は望んでいないけど仕方なく

「まぁ、そういうことなら支払いますよ」

と言い、それで

目先の問題を避ける・・・

 

これもお金に余裕があるうちは

それで良かったのかもしれません。

煩わしい問題で大切な時間を

奪われたくないですから。

 

しかし、いつしかお金も減り

時にお金の持ち具合に

逆転現象が起こり

今までたかっていた相手の方が

経済的に余裕ができることなんて

ことも・・・。

 

にもかかわらず

昔からの習慣で

お金を取られ続けている。

 

まだお金に余裕がある早い段階で

「断る」ことをしなければ

このような現象が起こります。

 

さて、

先週のブログにも書きましたが

北朝鮮はなぜ核ミサイルなどを

お金がないのに開発し続けるのでしょう?

 

嫌われるとわかっているのに

ミサイル実験をし続けるのでしょうか?

 

それは道徳的には

良くないと思っていても

大国から自国民を守るための

精一杯の「意思表示」なのです。

 

誤解されないために

明確に記載しますが

僕はミサイル実験などが

良い事であると思っていません。

 

しかし本当にお金がなくなると

人は冷静な判断ができなくなります。

 

「経済的にもうムリ!

 誰かなんとかして欲しい。

 どうせ助けを求めるなら

 いろんな意味でアメリカにしよう。

 

 でも舐められては終わりだから

 対等に交渉したい。

 対等に交渉できるように

 一触即発の状態にしておこう!」

 

これが北朝鮮の本音

なのだと思います。

 

日本人としては

とても理解しがたい

思考回路ですが

「意思表示」としては

明確です。

 

その「意思表示」に対して

相手がどこまで譲歩して

条件を出して来るのか

 

これが交渉の第一歩です。

 

どちらかが意思表示をしなければ

交渉は始まりません。

歩み寄りも何もできません。

 

日本人はそういう諸外国の

交渉に対して本当に弱い。

 

玉虫色のなんとなく

「ね?わかるでしょ?」

というニュアンスで

時間だけ稼いで

「検討します」

と、よくわからない濁した言い方で

いつまでも先に進まない。

 

そしてなんだかうやむやな状態から、

いつしか相手の言いなりになり

知らないうちにお金が諸外国に

渡っている現実をあとから

「あちゃー」と言って嘆く・・・

 

それが日本人の美徳だと言えば

それまでですが、

それもお金に余裕のあるうちは

いいかもしれません。

 

これを個人に置き換えると

 

お金があるうちは

多くの営業マンが

 

「これ買って下さい。」

 

と押し寄せて来て

 

「えー?えー?どうしようかな・・・」

 

と言っているうちに

知らないうちに

口車に乗せられて

買う事になってたりします。

 

冷静に考えると不必要だ

と思いながらも

 

「まぁ、契約しちゃったし・・・」

 

と言って請求された金額を

払うしかないと自分に言い聞かせます。

 

「営業の人もそれで喜ぶなら

 ま、いっか。」

と。

 

ところがお金がなくなると

そうはいかないですよね。

 

「買ってくれじゃねーよ!

 逆にウチの商品を

 買ってもらいたいくらい。

 とにかくいらない、

 いや買えない」

 

と明確に「断る」ことが

できる様になります。

 

お金がないという

前提を変えてみると

はっきりと断る人の気持ちも

わかると思います。

 

ビジネス的なことは

割とお金がないという条件で

断られることが多いですが、

 

お金の問題だけでなく

断られるというのは

どういう状況で起こるのか?

 

それは自分にとって

メリットが感じられない時に

起こります。

 

何を当たり前の事を・・・

 

と思われるかもしれませんが

わかっていても

それに対して

何か対策をきちんと構築して

いる人は少ないです。

 

その証拠に営業では

断られて諦めてしまう人が

非常に多いからです。

 

勘のいい人なら

どうしたらいいかというのは

わかると思います。

 

そうです。

相手のメリットを

きちんと伝えるということです。

 

「いや、それも当たり前過ぎる・・・。」

 

と言う人もいるでしょう。

 

しかしこの当たり前の事を

正確に出来る人も

なかなかいません。

 

そしてできなかったとしても

その後にどうしたらいいか

わからずに結局諦めてしまう人が

多いのも事実です。

 

この「断る」という行為。

断る方も断られる方も

決していい気分ではありません。

正直おもしろくないと思います。

そりゃ自分の思い通りに

いかないことですから。

 

しかし断るという行為

その事自体は世の中に

存在し続けます。

 

ビジネスだけでなく

いろんな場面で。

 

断られたら

そのまま諦めますか?

 

それとも相手の気持ちになって

メリットを伝えますか?

 

後者を選ぶのであれば

具体的にどのような手順で

相手のメリットを伝えますか?

 

一度自分なりの答えを

出してみて下さい。

 

そしてそれをぜひやってみてください。

思わぬところで大逆転劇が

あるかもしれませんよ。

 

p.s.

僕自身が商談の場面で

断られてからどうやって

大逆転までの交渉をし続ける事が

できたのかを

次回のセミナーでお話したいと思います。

興味がある方はお越し下さい^^

http://okada-koji.com/seminars/cat333/59.html

 

営業の世界の自由

こんにちは。
岡田です。
なんだかきな臭い世の中になってきましたね。
北朝鮮のミサイル問題は
今に始まったことではありませんが
いつ飛んで来てもおかしくない状態です。
世界平和を望む僕としては
政治家の皆さんに
何があっても戦争だけは
避けてもらいたいというのが
切なる願いです。
北朝鮮の考えていることは
僕らには到底理解できないことですが
北朝鮮には北朝鮮の事情が
あるのでしょう。
しかも単純な事情ではなく
世界各国との関係や
今までの歴史や文化、
国内の経済状況、
政治背景までも考えると
良いとか悪いとか関係なく
なかなか日本だけの
思う様にはいかない、
そこだけは理解できます。
ここでかなりムリヤリな感じですが
僕らが仕事としてやっている
営業活動と比較してみると
どれだけ僕らの仕事が
単純かわかります。
営業は目の前のお客さんの
ことだけを考えれば
なんとかなる場合が多いです。
複雑な場合でも
せいぜいその背後にいるのは
財布のひもを握っている奥さんとか
上司の決裁が必要だとか
今までの付き合いがあるからとか
過去のクレームをひきずってるとか
その程度の話です。
そこの問題をクリアできれば
どうにか先が見えて来そうですし
問題がクリアできなければ
売れないだけです。
何と言ってもそのお客さんに
営業するのを止めればいい
という自由があるのです。
僕らは売りたいばかりに
売る事に執着しがちですが
売らなくて良いという
選択肢があることを
忘れてはいけません。
それを認めることができれば
どれだけ気が楽か。
北朝鮮問題は
こちらが忘れたくても
相手がミサイルを撃ち込んでくる
可能性が高いですから
相手にしないわけにはいきません。
静かに暮らしていても
いきなり拉致されて
日本に帰って来れなくなる
ってひど過ぎますよね。
営業活動をしていて
いきなり拉致されて
「俺の相手をしろ」
と言われないだけマシです。
普段の営業活動が
どんなに苦しくても
それが平和の範疇で
あることを認識できれば
目の前のツラいことも
意外と大した事ないと
思えてきませんか?
ムリヤリですけど・・・^^;
でも、
事実そうじゃないですか?
北朝鮮問題に取り組む
歴代の政治家さんたちは
本当に大変だと思います。
ましてや拉致被害者のご家族は
もっと大変だと思います。
僕らには
「売らなくていい自由」
がある。
平和な世の中で
売りたい人にだけ売る、
しかしその中で
売るための目の前の
苦しさくらいは乗り越えて
営業目標を達成するための
努力はしてもいいのではないかと。
ミサイルが飛んでこないか
監視している防衛庁の方や
拉致被害者のご家族や
その問題に真摯に取り組んでいる
政治家や官僚の人たちに
同じ日本人として敬意を表しつつ
僕らには僕らにしかできない
与えられた役割を
こなしていく義務が
あるのかなぁと
思う初夏の夜でした。

メガネが必要な方への提言

こんにちは
岡田です。
もし今、売り上げがのびないとか
いつも社内で成績がビリで
自分が嫌になるとか
そういう悩みをお持ちの方に
そこから脱却できる方法を
お伝えしたいと思います。
ものすごくシンプルです。
簡単です。
考え方はシンプルで簡単ですが
作業そのものは大変です。
その方法とは
自分が仕事を始める、
その時間を早めて下さい。
たとえば、会社員で
就業時間が朝8時半であれば
8時でも7時半でも
なんなら7時にでも
出社してみてください。
7時でダメなら6時半でもかまいません。
残業がダメとか
そういう働き方は時代と
逆行しているとか
そういうことは
僕には関係ないです。
何かを達成させたい時に
そんな他人が決めた制約や
俗世間の流れは
関係あるのでしょうか?
僕の知る限り
多くのトップセールスマンや
うまくいってる経営者の方の
話を聞くと
売れなくて苦しい時にこそ
他の誰よりも会社に早く行って
一生懸命取り組んだ
という話ばかりです。
普段は言わないかもしれませんが
間違いなくその手の話が
裏に隠されています。
ポイントは

「努力なんて不要で
 そんな経験なんかしなくても
 楽勝でうまくいっちゃった」

という人が少なくとも僕の周りには
一人もいないということです。
僕の周りだけで言うなら
100%の確率です。
恐らくこれは
どの時代でも
どこの地域でも
どの業種でも
100%に近い数字が出てくると
思います。

古くさい考え方だし
何を今さら・・・
と思う人もいるかもしれません。

そう思うのは自由ですが
最近成功している人でさえも
一人残らず陰で努力をしています。

たとえその現実から目をそらしても
残念ながら現実は現実です。

自分で言うのもはばかられますが
僕が最初に入った会社では
他の人は全員朝8時半ギリギリに
出社してくるような会社でしたが
僕は毎朝7時〜7時15分までには
必ず出社していました。
僕がのちに
トップセールスマンになれたのは
それが理由の全てだとは言いませんが
少なくとも大きな影響を与えたことは
まぎれもない事実です。
「早く行くのはわかった。
 でも早く行って具体的に
 何をすれば売上があがるの?」
と問われるかもしれません。
正直、仕事であれば
何でもいいと思います。
早く行けば必ず自分なりに
「これをするのがいい!」
というものが見つかります。
仕事に関わることであれば
ムダなことなど何もありません。
自分が大切だと思う事を
やればいいのです。
こういう書き方をすると
「暴論だ!めちゃくちゃだ!
 理論的でない。ナンセンス。
 話が粗い。」
などと言われそうですが
話を丁寧に一人ずつ
個人に合わせて書く気もないので
話が粗いと感じたのであれば
それは僕と同じ感覚です。
僕は敢えて粗く表現しているので。
とにかく売上をのばして
仕事を楽しくさせたいのであれば
早く会社に行けばいいんです。
仕事を楽しくさせたくないのであれば
別にしなくていいです。
自分が望む結果が
自分の努力によって
思うように手に入るようになれば
仕事を楽しめるようになるでしょう。
自分が思う結果が
いつまでも手に入らないから
ツラくてイヤなことだと
感じてしまうのです。
これはスポーツでも勉強でも
同じだと思います。
ちなみにこれは
根性論とかそういう話では
ありません。
確率論レベルの話なのです。
ほぼ100%に近い数値で
早く出社して
人知れず努力している人が
うまくいってるなら
そうした方がいいんじゃね?
というただそれだけの話です。
早く出社したら必ず仕事が
うまくいく保証はありませんが
仕事がうまくいってる人は
すべからく早く出社していた
経験があるのですから。
コンラート・ローレンツという
動物行動学において
ノーベル賞を受賞した学者が
「若い頃に肉体的苦痛を味わったことが
 ない人は後に必ず不幸なことになる。」
と言っています。
ノーベル賞を受賞した学者さんは
恐らく僕らの経験による感覚とは
比較にならないくらい
桁違いの経験や実験から
答えを導き出していると思うのです。
その学者さんが「必ず」という
単語を用いていることも興味深いです。
しかしその一方で
「そんなに頑張らなくていいんじゃね?
 そもそも成功した人の
 ノウハウというのは
 後付けで理由をそれっぽく
 まとめているだけで
 その人がたまたまうまくいったことを
 その通りにやったとしても
 再現性はなく、
 うまくいく保証なんて
 何もないじゃん。」
と言う人がいます。
確かにそうかもしれません。
再現性なんて保証できません。
しかしだからと言って
「頑張らなくていい。」
というそこの部分だけを切り取り
頑張らないことが
成功への再現性を
保証しているのでしょうか?
何度も言う様に
確率論で言ったら
僕はうまくいった人の
背景には必ずある一定の
頑張った期間があり
そっちの方がよほど
再現性で言えば
確率的に高い気がするのです。
「いやいやいやいや
 その成功している多くの人が
 がんばらなくていい
 と言ってるんだから
 それだって同じ事でしょ?」
と言われた事があります。
まったくその通りで
成功している人が
「がんばらなくていい」
というのは真意で
間違っているなんて
言っていません。
ただ敢えて言うなら
成功している人の
「頑張らなくて良い」
というのは
「嫌いなことを歯を食いしばって
 やる必要などなくて
 好きなことを一生懸命やれば
 それは好きなことなんだから
 頑張ることにはならない。」
的な話だったと思います。
だとしたらそれは
「頑張らなくていい」
と言う表現では誤解を生みやすく
「嫌いなことをムリヤリ
 しない方が良い。」
と表現すればいいのです。
「頑張らなくて良い」という表現は
結論は同じかもしれませんが
過程において微妙にニュアンスが
違ってくるのではないしょうか?
いずれにしても成功している人は
過去に誰よりも早く出社し
誰よりも早く仕事に取り組み
そういう頑張った経験が
あってからの
「頑張らなくていい」
「力を抜いた方がいい」
と言っているのであって
自分に甘い言葉だけしか
かけられない
一度も頑張ったことのない
最近の
「頑張らなくていいんだよ」
信者たちが言っているそれとは
異質だと思うのです。
自分に都合のいい所だけを真似して
それが成功への再現性が高い
と信じているとしたら
もはやそれはその人の視力が極端に
落ちているのだと思います。
世の中がぼやけてしか見えていない。
もしくは寝てるか。
寝言ならいつか目を覚ますのかなと。
この記事が
メガネか目覚まし時計に
なるとは思いませんが
「頑張らなくていい」
その言葉に意味が宿るとしたら
誰がその言葉を発するのか
そして発するタイミングが
重要なポイントであると
声を大にして言いたいです。
「頑張らなくて良い」
という言葉の裏には
「頑張る経験が必要」
という僕なりの解釈を
残しておきたいと思います。

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