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儲ける脳のつくり方

商品が次から次へと売れるようになるには

こんにちは。
岡田です。
「金は天下の回りもの」
という言葉を聞いたことが
あると思います。
貯金してあるお金が
盗まれてはどこかに隠され
そのお金がまた盗まれて
どこかに移動すること
ではありません。
冗談はさておき
お金そのものに価値が
与えられているのは
他の価値ある商品やサービスと
交換する時の指標となり
商売の潤滑油としての
役割を担っているからです。
「金は天下の回りもの」
であるなら
貨幣経済においてはそれと同時に
商品やサービスなどの「価値」も
天下をぐるぐる回っていることを
意味します。
お金だけが市場を
ぐるぐる回ることはありません。
お金は商品と交換できるものなので
言葉もそのまま交換すると
「商品は天下の回りもの」
と言えると思います。
お金の流れを止めることは
商品やサービスの流れも止まる
ということになります。
つまり「売る」「買う」が
多ければ多いほど
市場が活性化され
経済的に潤う人が
増えるということです。
お金を使わないということは
自分の扱う商品やサービスの
流れが止まる原因の一つを
自分自身が作り出す事を
指しているのです。
自分の扱う商品やサービスが
どんどん流れる様に売れる様に
なりたかったら
まずは勢いのある川の流れに
自分から身を投じなければなりません。
自分だけお金を増やそうと思って
お金の流れを止めても
なかなかそうはならないのは
経済そのものがそういう
作りになっているからです。
自分一人だけお金を
使わなかったくらいで
お金の流れが淀むなんて
ありえない!
と思うかもしれませんが
どんな大きなことも
最初は小さなことが
きっかけで始まります。
自分だけごみをポイ捨てしても
地球なんて汚れない!
その小さな考えが
高度経済成長時に
工場の排水や排煙により
公害が起きました。
お金持ちがどんどんお金持ちになるのは
お金をどんどん使っているから。
川の流れを早くするところに
どんどん水が流れ込んでくる。
使っても使っても
どんどんどんどんと。
お年玉は大事にとっておいて
貯金しましょう!
僕らが小さい頃に教わった
ある意味常識的な考えを
大人になっても続けている人が
多いと思います。
一見、逆に思えることをやる人ほど
商売もうまくいくのかもしれません。

下請けからの脱却

こんにちは
岡田です。
ビジネスには様々な形態があります。
製造業、卸売業、小売業などなど。
ビジネス用語としてそれらに
名前は付いていますが
僕はいろんなツッコミどころを
無視して敢えて暴論を言えば
全てのビジネスは
何かを仕入れて
価値を付加して
それをまた売る事
だと思うのです。
製造業なら
部品を仕入れて組み立てて
価値が生まれて
それを売る。
卸売業でも
小売業でも
仕入れたものに
何かしらの価値を
付加してそれを売る。
人によっては
「小売業なんて
 仕入れた物をそのまま
 棚に並べて売るだけ。
 価値を付加なんてしてない。」
と言うかもしれません。
しかし何かしらの価値を
付加しなければ
次の買い手にとって
その業種そのものは
必要ありませんから
なくてもいい存在に
なってしまいます。
遅かれ早かれ
世の中から消えることに
なるでしょう。
付加する価値とは
何も目に見えるものだけでは
ありません。
情報なり、買いやすさなり
場所なり、人との関係性であったり
必ずそこに介在する何かしらの
価値はあると信じています。
さて、それを踏まえた上で
下請け業者という
あまり芳しくない呼び名の
ビジネスを考察したいと思います。
下請け業者とは
元請け業者の仕事の一部を
させてもらっている
という位置づけで
見ている人が多いと思うのです。
確かにその通りかもしれないのですが、
僕が思うに、先ほど書いた通り、
全ての仕事はそれぞれの業者が
価値を付加して
次の買い手に商品が渡る
その繰り返しだと思うのです。
そう考えると、
ある一部の業態だけ
「下請け」
という概念でくくるのは
不思議な現象だなぁと。
たとえば製造業で言えば
とある自動車メーカーが
元請けだとしたら
仕入れる業者である
部品会社が下請け業者だと
言われる事がよくあります。
その一方でメーカーが作った
自動車を販売する会社があります。
その名の通り
自動車販売会社です。
その自動車販売会社は
メーカーから仕入れる場合、
なぜかメーカーを下請け業者
と呼びません。
どちらかと言うと
メーカーが自動車販売会社のことを
代理店とか販売店という
呼び方をします。
自動車メーカーは
部品会社から部品を買って
それに価値を付加して
車という形になってそれを売る。
自動車販売会社は
メーカーから車を買って
それにメンテナンスや
アフターサービスという
価値を付加してそれを売る。
やってることは同じなのに
一方は「下請け」と呼ばれ
一方は「代理店」と呼ばれる。
敢えて極端な事例を
選んでいるので
わかりづらいかもしれませんが
車のネジ工場にとって
自動車メーカーは
車のネジを代わりに
大量に売ってくれる
代理店という位置づけ
と見る事ができるのです。
ところで、
なぜか下請け業者は
値段を叩かれることが
多いですよね。
逆に部品会社にとっての代理店さん
つまり自動車メーカーは
自動車販売会社から
あまり値段をたたかれない。
それどころか
場合によっては
自動車メーカーの方が
自動車販売店さんに対して
イニシアチブをもって
ビジネスを展開している
ケースをよく見ます。
この事象から考えても
「ウチは下請け業者だ」
と自覚している人たちは
自分たちが「下請け」
と考えることを止め
メーカーという位置づけ
で考える様にした方が
いいと思うのです。
逆に言えば元請け業者を
自分たちの代理店と考える
ということです。
自動車業界だけではありません。
建築だろうが
デザインだろうが
プログラミングだろうが
メーカーなのか下請けなのか
その意識の違いで
大きく変わってくると思うのです。
さて、
ビジネスの流れとしては
やってることは同じなのに
下請けと呼ばれることと
メーカーと呼ばれることと
何が違って今の業態が
生まれてしまったのでしょうか?
それは3つの要素から
なると思います。
①商品力
②提案力
③営業力
商品そのものが魅力的であり
有益な情報を提供でき、
信用を得られている
多くの下請け業者は
①はできていると思います。
しかし②と③が
弱い人が多いです。
特に②
この②や③の能力を持つ事が
下請けからの脱却には
欠かせない要素なのです。
この要素を身につけられたら
自分の商品を自分たちの意志で
自分たちの利益を正当に確保しながら
売上をコントロール
することができるようになると思います。
下請け業者が
下請けからの脱却をはかり
利益を確保しながら
元請け業者を代理店として
拡販戦略を展開する。
これを意識して
できるようにしましょう。
売上を落とすこともなく
利益を確保しながら
下請けという概念から
解放されましょう。
私たちは下請けではなく
メーカーであると。
具体的に言えば世間的に言う
自動車メーカーと呼ばれる会社は
ネジ工場にとっては代理店である
というような思考回路でのぞむことが
下請けからの脱却の第一歩
ということです。
拡販戦略や代理店、販売店への
営業活動は具体的に
どうやっていけば
売上が伸びるのか?
長くなりましたので
その辺の内容を今度のセミナーで
詳しくお伝えしたいと思います。
今まで下請け業者だと思って
そのような仕事を否応無く
進めて来ていて
そろそろ下請けからの脱却を
はかりたい人は
ぜひ次回のセミナーに
お越し下さい。

下請けではなく
普通に販売店さんや代理店さんを
増やし、拡販戦略で売上を
伸ばしたい人も
ぜひお越し下さい。

お客さんを減らさないお店がしていること

こんにちは。
岡田です。
当り前のことですが、
自分一人だけが気にいるお店
というのはなかなかありません。
自分が気にいるお店は
他の誰かが好きなことが多いです。
そもそも自分だけしか
行かなかったら
店として成り立たないです。
なので自分の行きつけのお店
というのは幸か不幸か
混雑するお店が多いはず。
いや、そんなことはない。
ここのお店はいつも空いていて
落ち着くから・・・
と思っていても
商売の原理からしたら
閑古鳥が鳴いたままの状態で
いつまでも経営を続けることは
一般的には難しいです。
なので、多くの場合
自分が気にいった
穴場的なお店は
ほどなくして閉店するか
人気が出て混雑し始めるのかの
どちらかのケースが多いです。
閉店するお店からしてみたら
一度でも混雑するお店が
うらやましいと思うでしょう。
しかし混雑するお店も
近いうちに閉店に追い込まれる
危険性が高いことに
お気づきでしょうか?
混雑そのものは
お客さんは望んでいません。
混雑を望むのは
お店のオーナーです。
場合によっては
お店のスタッフさんさえも
望んでいないかもしれません。
するとどうなるか?
「いつも混んでるから
 あのお店は行きたくない」
となります。
段々お客さん離れが始まり
何の手立てもしなければ
そのまま閉店に追い込まれます。
商売をしていれば
人がたくさん来てくれることは
望ましいことですが
お客さんが増えた時に
しなければならないことが
あるんです。
なんだかわかりますか?
特にその場を仕切る
リーダークラスの人間が
問われる能力であり技術なのです。
それは
空間を支配する能力です。
司令塔のような役目。
すみません。
司令塔のような・・・
ではなく
まさに司令塔です。
混雑するというのは
放っておいたら
スタッフさんが
てんやわんや状態になることです。
目の前のことでいっぱいいっぱい。
些細な事でイライラしているのが
鈍感なお客さんにも
伝わってしまいます。
気にいってくれて
常連で来てくれるお客さんは
混雑している状態よりも
自分しかいないような
プライベート空間の方が
恐らく望ましいでしょう。
しかし
ただ混雑したからと言う理由だけで
「二度と来るか!」
などとは思わないです。
さきほど混雑そのものは
お客さんは望んでいないと
書きました。
たしかに望んではいませんが、
ただ混雑しただけで
そのお店を嫌いになるかと言えば
それは別の問題なのです。
「もう来るの止めようかな。」
と思う瞬間は
スタッフさんがイライラして
お客さんを大切にする余裕が
なくなった時なんです。
そうです。
スタッフさんが
お客さんに対して気配りする
余裕があるかないか。
混雑と余裕・・・
それは
正反対に位置するものなので
なかなか商売というのは難しく
要所要所で苦労するように
なっていますね。
その要所要所の時、つまり
人気が出て混雑し始めた時に
司令塔が店の中で
その能力を発揮できるかどうか
が人気店が人気店のまま
継続できるかどうかの
境界線だと思います。
お店全体の空間を
仕切れる人というのは
その時に一番最適なことを
瞬時に判断できるか?
もっと言えば
パニック状態になる前に
そうならないように
常に気をつけて
前倒し前倒しで
準備ができるかどうか
そして
それを的確にスタッフさんに
指示できるかどうかです。
さらに重要なことは
その指示を出した時に
スタッフさんが
すぐに動いてくれるかどうか
その信用を普段から
得ているかどうかです。
僕の行くお店で
人気があるまま
なかなかお客さんが減らないお店は
店長さんがいつも
空間全体を最適にするように
心がけているのがわかります。
駐車場に車が入って来るかどうか
窓の外にも目を配り、
お客さんの顔の動きや目の動きで
店員さんを呼ぼうとしているかどうか
その判断が早く、
また
一人で静かに過ごしているお客さんと
グループで賑々しく楽しんでいる
お客さんの席をなるべく離して座らせる
工夫をする・・・
などなどです。
あげればキリがないですが
それらはお客さんに言われてから
行動していは遅いのです。
何でもそうですが
言われてからやるのは
苦痛を伴った作業であり
言われる前にやるのは
夢や志のある楽しい仕事なのです。
言われる前にやれば
余裕もあり、
サービスとなり
感謝が生まれ、
言われてからやると
パニック状態となり
不満となりクレームが
発生しやすくなります。
スタッフさんもお客さんから
矢継ぎ早にあれこれ
クレームめいたことを言われたら
イライラします。
そしてお客さんも
なんだか自分がいけないことを
してしまったような感に陥り、
居心地が悪く、
そろそろ行くのを止めようかな
となってしまうのです。
ただただ目の前のお客さんのために
作業を丁寧にやることも重要です。
全体ばかり見ていて
目の前のお客さんを
疎かにしていたら
それはそれで本末転倒です。
なので役割が必要なのです。
司令塔の役割、
通常の作業を丁寧に行う
スタッフさんの役割、
この両者がそれぞれ協力して
チームとしてそれぞれの
作業を機能させることが
人気店を人気店からさらに
次のステップへ行くための
通過点なのです。
お客さんが増えてきたら
司令塔を必ずおきましょう!
その司令塔は
全体を見ることができ、
さらにスタッフさんが
司令塔の指示なら
信用して素早く動いてくれる、
そんな関係を事前に
築いておくことが
大切なポイントです。

大相撲から学ぶ

こんにちは
岡田です。
先日初めて大相撲なるものを
観て参りました。
正直興味はなかったのですが
3つの理由から行く事にしました。
一つ目は
普段お世話になっている
方からのお誘いなので
なるべく首を立てに振りたかったこと。
二つ目は
「何でも興味を持つ事が
 自分の世界観を広げる」
と常日頃セミナーなどで
伝えているのに
自分がそれをしないのは
ポリシーに反すること。
三つ目は
この歳になるまで
日本の国技なるものを
一度も肉眼で観た事がない
というのもいかがなものかと
ちょうど思い始めていた
タイミングだったので。
さて、
感想はいろいろあるのですが
まず驚いたのは
力士の多くが今や外国人
ということです。
特にモンゴル。
横綱がモンゴル出身というのは
何となく知っていました。
丁寧に考えれば当たり前ですが
横綱予備軍もモンゴル出身が
多いのです。
配られていた資料を見た限りでは
モンゴル出身は12人でした。
12人って多いですよね?^^;

モンゴル以外にも
ブルガリア、中国、ブラジル
エジプト、アメリカなどなど
国際色豊かでした。
日本人にももっと頑張って
もらいたいですね。
それはさておき
相撲ファンの多さにも
驚かされました。
ファンが多いとなれば
僕のアンテナも自然と
感度が良くなります。
相撲だってビジネスです。
客商売と考えれば
マーケティングを勉強する上でも
学ぶべき物はたくさんあります。
まず相撲って何時からやっているか
ご存知ですか?
朝の8時半くらいから
そのエンターテイメントは
始まっているのです。
会場にはすでに力士が
ウロウロしていて
ファンサービスのために
コミュニケーションを
はかっていました。
また色々なグッズも売っていて
いや、ほとんど無料で配られていて
初心者でも興味を持たせられるような
工夫が随所に感じられました。
あとは力士が
おもしろおかしく
ルールを説明したり
技の名前を覚えてもらうために
説明しながら実際に
その技を見せてくれたり
と業界全体でもりあげようと
しているエネルギーを感じました。
これらのイベントが
取り組み(試合)前に
場を暖める役割を
しているんだと思います。
取り組みが始まると
やはり真剣勝負なので
迫力はありますね。
特に格付けというのは
ダテにつけられている
訳ではないなと
感じざるを得ないくらい
横綱の取り組みに近づくにつれ
その迫力は増していきました。
僕らは商売をしていると
「そりゃ相撲と比べたら・・・」
「国技は集客できるに決まっている」
「そりゃテレビ中継があれば
 人は関心を持つでしょうね」
などと皮肉めいたことで
自分ができないことを慰めます。
でも相撲も冷めた目で見たら
「太った男の裸のぶつかり合い」
に過ぎません。
ご自分のビジネスと比較して
どうでしょうか?
太った男の裸のぶつかり合いより
意味のない商品やサービスを
扱っているのでしょうか?
たぶんそうではないと思うのです。
それでも
「太った男の裸のぶつかり合い」
にこれだけの人が熱中し、
ファンになり、
テレビ局が中継をし、
スポンサーが付くのです。
それには陰でそれなりの
結果がでる要素を
人為的に行っているからに
他なりません。
決して偶然の連続で
今があるわけではない。
僕たちの商品やサービスに
これだけの人が熱中し、
ファンになり
テレビ局が中継をしに来るか
と問えば答えは残念ながら
NOなのです。
そう考えれば
僕たちの努力も
まだまだだなと
柄にもなく反省を
してしまいました。
まだまだやれることは
いくらでもあります。
諦めたり変に自分を
慰めるのは後でも十分
できると思うのです。
相撲業界からいろんな
できることを学びましたが
一方でまだやりきってないという
今までの自分の甘さも痛感しました。
相撲に関わらず
いやスポーツに関わらず
何でもそうですが
異業種から学ぶことって
自分次第で得られる結果は
大きくも小さくも
いくらでも変えられると
思います。
僕は一つの出来事から
できれば大きな結果を得たいです。
なので興味がなくても
まずは興味を持ってみる。
まずはやってみる。
そんなことをこれからも
大切にしていきたいと思いました。

指示待ち人間からの離脱

こんにちは。
岡田です。

最近、いや、
もう十年以上経つのでしょうか?
「指示待ち人間が多い」
と言われる様になってから。

割合的にサラリーマンに
指示待ち人間が多いのは
ある意味仕方がないというのが
僕の持論です。

なぜなら経営者や起業家が
指示待ちなどしていられないからです。
と言うよりも
指示をしてくれる人がいないので
それはほぼゼロに等しいのではないかと。

サラリーマンに指示待ち人間が多い
というのは逆に言えば
経営者に指示待ち人間がいないので
比較してしまうとどうしても
多くなってしまうとも言えるのです。

とは言え、やはり
指示待ち人間
と言われて

「やったー!俺、
 念願の指示待ち人間に
 認定されちゃったよ!」

と喜ぶ人はあまりいないと思います。

喜ぶ人は少ないのに
どうして指示待ち人間が
多いのでしょうか?

脳科学者の中野信子さんが
どこかで話しているのを
ふと思い出したのですが

日本人の脳の作りは
何かに挑戦して達成することよりも
失敗しないことの方が
「成功」と認識するそうです。
遺伝子レベル的にそういう作りを
しているらしいのです。

遺伝子レベルって・・・^^;

諦めるしかないのでしょうか?
ひらきなおって日本を
「指示待ち人間帝国」
にするのはどうでしょう?

価値観に絶対的なものはないので
何が正しいとは言えませんが
少なくとも僕はそんな国で
生きることにワクワクを感じません。

僕自身も指示をもらった方が
確かに楽なので
きっとベースの作りは僕も
指示待ち人間タイプだと思うのです。

実際、生粋の日本人だし。

でも冷静に考えて
やっぱり嫌ですね、
指示待ち人間帝国は。

では、
どうしたらいいのでしょう?

失敗しないことが成功である
これを一つの日常に
当て嵌めてみると

褒められることが成功ではなく
怒られない事が成功である

と言い換えることが
できるかもしれません。

であるならば
「指示を待つだけの人を怒る」
そんな習慣に変えてみるのはどうでしょう?

一方で
「挑戦して達成できなくても
 挑戦したことを褒める。」

こうしていくと
もしかしたら
指示待ち人間というのは
いなくなるかもしれません。

べつに指示待ち人間をわざわざ
いなくする必要はないのでは?
指示待ち人間がいたっていいじゃん!

という声もあるかもしれません。

しかし

僕は価値の是非に関わらず
指示待ち人間というのは
人工知能の発展とともに
いなくなる運命にある気がして
ならないのです。

であるならなおさら
指示待ち人間から
一刻も早く脱出するように
意識するしかないと思います。

遺伝子のせいにしていても
それ自体を今日、明日どうにか
できることでもないのですから。

達成できなかったことを
怒るのではなく
指示を待つことで
自らの挑戦から逃げた人を怒る

自分自身はそういう心がけを
していきたいと思います。

僕の周囲の人たちも
僕に対してはそういう
接し方をしてもらえると
嬉しいです。

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