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儲ける脳のつくり方

ただの良い人から抜け出す一歩

こんにちは。
岡田です。
普段会話をしていて、
たまに耳にしませんか?
「あの人、良い人なんだけど・・・」
というフレーズ
自分が言わなくても
誰かが言っているのを何度か
耳にしたことがあると思います。
この言葉を聞いて文字通り
「良い人」
であるとそのまま受け取り
他意はないと思う人は
あまりいないのではないでしょうか?
短所はもちろんあるけど
総じて悪い人ではない。
敢えて長所を探せば・・・
・・・なんだろう?
と少しの沈黙の後に
漠然と「良い人」である
こと以外具体的な長所が
すぐに見当たらない
そのような人のことを
形容するためにあるようなフレーズ
「良い人なんだけど・・・」
ところで
冷静になって
ご自分の周りを見渡してみると
どうでしょう?
本当に本当に
悪い人っていますか?
本当に悪い人ですよ?
たぶんそうそういないと
思います。
良い人・・・
どちらかと言うと良い人たち
その集合体が今の日本です。
つまりその他多勢の一人に
過ぎないということ。
戦後、教育制度が発達し
文化水準が上がり
道徳観や倫理観がレベルアップ
してきた近年では
良い人であることは
「ある一定のベース」
になっているのです。
良くも悪くも今の日本では
「良い人」であることは
ごくごく普通になってきています。
そしてそれを他人事の様に
「そうそう!そうだよね!」
と思っている人こそ
自分もその
「良い人なんだけど・・・」
の対象になっていることを
忘れてはいけません。
つまり僕も含めて多くの人が
ただの「普通に良い人」なんです。
普通じゃいけないの?
というツッコミが入りそうですが
もちろん良い人であることを
否定しているわけでもなく
悪い人間になれと
言っているのではありません。
そしてもちろん
普通であることが
いけないことであるなどと
言うつもりは微塵もありません。
それに普通ってそもそも何?
と問うた時に
言葉の意味を辞書的に
定義することはできても
「現実の普通」を定義することは
誰もできないのではないでしょうか?
にもかかわらず僕を含めて
「普通」という言葉を
使っています。
普通に。(笑)
一人一人が普通に
どこにでもいる良い人。
でも、よ〜くよ〜く
丁寧に見ると
決して、誰一人として
同じ人なんていません。
その一人一人が
自分らしく生きる・・・
自分のキャラクターを輝かせ
自分のしていることに誇りを持ち
自分が作り上げた物やサービスが
多くの人たちの役に立ち、
時に自分が関わった人たちが
他の多くの人たちの役に立つ、
それが自分の歴史を
作っていくことであり、
それが生きた証になる。
そんな人生が歩めたらいいなぁ
と思うのであれば
たとえ自分が
普通に良い人であったとしても
その「普通に良い」ことを
多くの人に自分らしさを際立たせて
知ってもらうことが
その生き方をより現実的にさせてくれる
第一歩なのだと思うのです。
有名人と呼ばれる人たちに
過去に会ったり話したりしたことが
少なからずあると思います。
僕たちと同じように
「意外と普通」
という印象がありませんでした?
では
今、有名人である人が
有名になれた理由は
どこにあるのでしょうか?
僕たちと何が違うのでしょう?
それは実際には
「普通に良い人」
であったにもかかわらず
その人がやってきたことが
際立って多くの人に
認められたということの
結果なのだと思います。
そのはじめの一歩が
「普通に良い」を
ただの普通に見せずに

興味をわかせたり
面白く見せたり
楽しそうに見せたり
価値を高く見せることから始まり

それを続けたことで
いつしか普通から大きく離れた
偉業を成し遂げ、
結果として有名になってしまった

ということなのだと思うのです。
そのプロセスを経ない限り
思い立った時にいきなり
偉業を成し遂げて
突如有名になった
ということはないと思います。
その普通かもしれない自分を
少しでも多くの人に
認めてもらうために
やれることはたくさんあると
思うのですが
その第一歩を踏み出すには
繰り返しになりますが、
「普通に良い」自分を
多くの人に気に留めてもらう
ことから・・・だと思うのです。
普通に良い人であることを
多くの人に気に留めてもらう・・・
言うのは簡単ですが
それにはその技術を学ぶ必要が
あると思います。
それがキャッチコピーと
呼ばれるものです。
そのキャッチコピーを学ぶことで
自分が「普通に良い人」から
少し普通じゃなくなり
やがて
「とても良い人」になり
ゆくゆくは「すごい人」になり、
行き過ぎて「変態」になるのです。
変態になるかどうかは
個人の采配に任せますが
まずは「普通に良い人」から
「とても良い人」そして
「すごい人」を目指してみるのも
一度きりの人生なので
やってみてはいかがでしょうか?
キャッチコピーはどこでも学べます。
本でも学べます。
ネット上にはたくさん
キャッチコピーの情報が
あります。
どこでも学べますでの
どこで学んでもらっても
いいと思います。
ただ、もしこのブログを読んで
タイミング的に
「そうだ!キャッチコピー!学ぼう!」
と思ったのであれば3月7日に
キャッチコピーのセミナーをしますので
良かったら起こし下さい。

予測する能力を高める方法

こんにちは
岡田です。
人を怒らせてしまうことって
ありますよね?
ビジネスをしていて
人を怒らせてしまうと
そのままクレームとなり
下手したら返金に・・・
なんてことも
なきにしもあらず。
誰も望んでいないにもかかわらず
なぜ人を怒らせてしまうことが
起きるのでしょうか?
一つ一つの細かい事は
それぞれ違うので
細かい観点での「なぜ?」に
ここでお答えする事は
できません。
しかし
大きな共通点として言える事は
怒らせてしまった人の
「期待を裏切った」
ということが一つ言えると
思います。
ちなみに期待とは辞書で引くと
よい結果や状態を予期して、
その実現を待ち望むこと。
とあります。
つまり相手が
良い状態を予測していて
それと違う状態に陥ると
怒るという現象が起きるのです。
でも僕たちは
人を怒らせる時というのは
殆どの場合、
知らず知らずのうちに
怒らせてしまいますよね?
もちろん
怒られる事を
覚悟した状態で
接する事もありますが。
いずれにしても
人を怒らせると言うのは
「予測」という概念が
大いに関係がありそうです。
相手がどのような予測をしているか、
それをまさに予測できれば
その通りにやればいいだけです。
そうすれば「期待通り」となり
怒らせる事はないでしょう。
もし、予測したことが
いろんな理由で
できないことであれば
事前に対応策を練る事ができます。
こういう場合は
怒られるのを覚悟して接する
という場面かもしれませんね。
相手の予測から外れてしまいますが
予測ができるからこそ
対応策を事前に練る事ができ
怒られることを最小限に
留めることができます。
例外的に相手の予測と
違ったことをしても
怒られない事があります。
それはいわゆる「サプライズ」
というやつですね。
相手の予測を上回って
さらに良い状態にする場合です。
これはまさに怒られない
例外ですが
怒られるにしても
喜ばれるにしても
相手の予測を知る必要が
あるのです。
相手の気持ちを察する
などという表現を
する人もいますが
厳密には少し違います。
相手の気持ちを察するのは
その瞬間も含まれます。
予測というのは
何かをする前に
「きっとこうなるだろう」
というものです。
なので、本当は怒っているのに
その瞬間は相手が怒らずに
我慢しているのを
「察する」ことをしていては
遅いのです。
ではその予測する能力は
どうやって身につければ
いいのでしょうか?
これは
今さらそんなこと言われても
と嘆いてしまうかも
しれませんが
子供の頃に
想像を必要とするおもちゃで
どれだけ遊べたか
が結構重要みたいです。
想像を必要とするおもちゃとは
ブロック遊びや
積み木遊びなどです。
それらが予測をする上で
なぜ頭に良いのか?
それは、単純な作りをしている
複数の組み合わせで
いろんな形に組み立てることが
できるからです。
ただの四角や三角の集まりが
いろんな並び替えで
いろんな物に化けていきます。
これはある程度予測しないと
とてもできない遊びです。
目の前にある一つ一つの
違った形状のものを
単に近いものから順番に
つなぎ合わせても
決してロケットには
なりません。
自動車にもなりません。
お城も作れません。
今必要なブロックはこの形!
と言えるのは
出来上がった時に
ロケットになりうる形を
頭の中で「予測」しているからなのです。
ぜひお子さんには
積み木やブロックなどの
脳を使って「予測」ができる
能力を早くから身につけて
もらいたいものです。
では大人は
どうしたらいいのでしょう?
もちろんブロック積み木遊びを
子供と一緒に常日頃から
やってもらっていいと思います。
しかしなかなか現実的に
それができない人もいると
思いますので
大人は大人らしく
その手段をご紹介します。
予測をすることの
まず第一歩目は
仮説を立てることです。
もし、ここでこれを
こうやったら
たぶんこうなるだろう?
それでいいのかな?
という仮説です。
仮説を立てる上で
必要なものは何でしょう?
仮説の原料と言っても
いいかもしれません。
それは「知識」と「経験」です。
特に経験は
仮説をより現実的に導き
自信を持たせる点で
知識よりも強力です。
世の中全てのことを
経験することは不可能ですから
それを補う意味で
知識があるくらいの
感覚でいいと思います。
知識と経験が増えれば増えるほど
仮説もたくさん立てられて
予測の可能性が広がります。
一つの予測だけだと
荒過ぎて外れる可能性が
高いことは説明するまでも
ありません。
より多くの仮説が
細分化された分だけ
予測が丁寧にできて
より現実に近い予測が
可能になってきます。
そう考えると
人を怒らせたくなかったら
自分がいろんな経験をして
いろんなことを学んで
予測する力を
身につけることが
大切なのではないでしょうか?

売れるフレーズは五感を意識

こんにちは
岡田です。
さて、今日は
タイトルにもありますように
五感を使いましょう!
というお話です。
五感とは
視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚
のことを指すのは
言うまでもありませんが
これを意識して文章を考えたり
営業トークを展開しているでしょうか?
僕自身、
常にそれを意識しているか?
と問われれば
決してそんなことはありません。
しかし何かの時に
ふと思い出す様には
しています。
僕は仕事柄
何かセールスレターや
POPなど売る為の文字を
書かなければならないことが
よくあります。
ひとまず出来上がったものを
当然読み直すのですが
たいていの場合
1回目に仕上がった文章など
まったく魅力がありません。
読んでいて気持ちが悪い。
とてもその文章を読んで
買う気にはなれません。
そこで修正に修正を重ねて
ようやく人様に
読んでもらえるくらいの
レベルになった時に
「よし!これでいいや!」
と普通だったら
終わりにしてしまいます。
僕も終わりにしたいのですが
どこかまだ足りなさを
感じている自分がいます。
そういう時ってないですか?
どこかまだ不十分だけど
まぁ、いっか。。。
みたいな時。
そういう時は
たいてい五感の要素が
少ない文章なのです。
そこで五感を意識した
フレーズを投入すると
そこに今まで無味乾燥としていた
文章に潤いが出始めて
読んでいてもイメージが
湧きやすくなったりするのです。
文章に輝きが出始めるとでも
言っていいかもしれません。
具体的に五感を意識した
フレーズってどんなものかと言えば
たとえば
触覚だったら
フワフワとかモフモフとか
ざらざらとかです。
聴覚だったら
ジュウジュウとかシュッとか
ガガガガがッとかです。
味覚なら
おいしいとか
まずいとか
甘いとか辛いとか。
なんだ?
そんなこと?
と思っていても
意外と使っていないことの方が
多いです。
そしてさらにコツを
お伝えします。
そのカテゴリーで使う
決まりきった五感を
あまり使わないことです。
たとえば
飲食に関わるセールスレターを
書く時に美味しいとかマズいとか
味覚を入れるのは
ある意味当然ですが
僕が言いたいのは
敢えてそこは
聴覚を入れたりするのです。
「箸でつまんではじける時に
 本当にプチっと音がする
 新鮮ないくらを
 食べたことがありますか?」
これに五感を味覚だけ使った
文章にしてみると
「本当に新鮮でおいしい
 いくらを食べたことがありますか?」
などになります。
普通過ぎて買いたいどころか
興味もなかなか持てないです。
コツはありきたりな
カテゴリーの枠に
留まらないということです。
思わず「そんな表現あり?」
と言ってしまうような
五感を意識して使ってみると
さっきまでのなんとなく
ありふれた文章に
磨きがかかります。
ぜひお試しください。

2017年を振り返ってみて

こんにちは
岡田です。
2017年になってもう1月が
終わってしまいました。
ちなみに去年も同じことを
言っていたような記憶があります。
このブログもアメブロから
こちらに完全移行しました。
今後はこちらのブログを
ブラウザなどのお気に入り
ページに登録してもらえると
嬉しいです。
(アメブロの方は更新しません。
 過去記事もそのうち全て消去します。)
さて、先日
毎月開催させてもらっている
「静岡わくわくハラハラ勉強会」で
とあるゲームをしました。
大の大人25人が
頭から煙りを出しながら
悩み、もがきながら
チームビルディングを
学ぶゲームです。
その名も「やぐら鶴」。
名前からして何のことか
想像がつかないと思います。
そこがポイントで
このゲームは
未確定要素が多い中
どうやってゲームを
進行したらいいのか
何がゴールなのか
今していることが正しいのか
これからやろうとしていること
それが本当に正しいのか
などなど色んなことが
わからないまま
前に進まないといけない
ゲームなのです。
しかもこのゲームは
チーム戦なのです。
人はわからないことが多い時は
他人と情報を共有する思考に
自然となるのですが
それでも
重要でなさそうな情報は
つい共有しなくていいとか
勝手に自分のフィルターで
判断してしまいます。
その共有しなかった情報が
もしかしたらとても重要な
情報かもしれないのです。
人はわからない時に不安になります。
そういう場合、
チームであれば
誰かに依存することも
できるのですが
逆に自分が何か謎が解けて
わかった時に
自分の意見が通らないことも
あるのです。
「えー?
 わからないー!」
などと不安がってる人に
自分が確信を持って
意見をぶつけても
「そうかなぁ?」
「そうなの?」
「本当?」
などと言われて
なかなか前に進まないのです。
これがもどかしい。
しかし自分の気付きが
絶対的な正解だとは言い切れない。
「でもきっとそうだ!」
と思っていても
隣人がそれを邪魔するのです。
隣人とは現実の世界では
家族だったり、恋人だったり、
友人だったり、同僚だったり・・・
つまり同じチームのはずの
味方であるにもかかわらず。
そして味方が一致団結しても
すぐに本当の敵が攻撃を
しかけてきたりするのです。
まさに世の中の縮図です。
いかにチームの結束が
重要かを身をもって
体験できるゲームでした。
この不確定要素が多いゲームに
勝つコツというか
一つの重要なポイントが
あります。
それは
「振り返ろう」
ということです。
ゲームに熱中していると
つい熱くなり過ぎて
「早く!早く!」
と焦り始めます。
正しいかどうか
わからないながら
不安を抱えながらも
とりあえず前に進んだ末、
何かが見え始め、
謎が解け始めて
「これでいいんだ!」
と猛進してしまうのです。
最初はわからないまま
手探りでやっているので
常に振り返っている
状態なのですが
熱くなり始めると
この手探りをしなくなります。
「本当にこれでいいのか?」
と振り返ることをしながら、
地盤を固めることも
時に重要なのです。
実は今回
このゲームの考案者の方に
ゲーム進行をお願いしたのですが
その方も
「熱くなってくると
 必ず振り返ることを忘れます。」
と何度も最初に忠告してくれました。
さらに予言として
「これだけ言ってもゲームが始まると
 振り返ることを絶対忘れます。」
と言い切っていました。
そして・・・
その通りになりました(笑)
人間ってある意味、
単純ですね。
2017年が始まって1ヶ月が過ぎました。
振り返ってみて
「本当にこれでいいのか?」
を一度考える時間を
作ってみるのも
いいかもしれませんね。

無料化についての注意点

こんにちは
岡田です。
最近キングコングの西野さんの
絵本の無料化について
騒がれているようですね。

もういろんなところで
いろんな方がネタにしているので
今さらな感じもしますし、
こういうネタ的な投稿は
極力しないように
心がけているのですが
「岡田さんはどう思いますか?」
と同じ日に2人の方から
聞かれましたので
ちょっと心が動いてしまいました。

他に僕の意見を聞きたい人が
いるかどうかわかりませんが
一応書いてみたいと思います。
さて
キングコング西野さんの
絵本の無料化の話題とは
どういうことか
知らない人のために
説明しておきます。
説明いらないですか?
いや説明させてください。
というのはこういう
時代のネタ的なものは
何年かしてから読み返すと
何のことかわからなくなるので。
キングコングという
お笑い芸人コンビの一人、
西野亮廣さんが
「えんとつ町のプペル」
という絵本を出版されました。
この絵本は内容的に素晴らしい
と言われています。
絵本にしては珍しく
かなりの人数のスタッフさんが
チームを組んで作り上げた
作品みたいですね。
時代の流れに乗り
製作費をクラウドファンディングで
集めた事でも話題となった作品です。
初版3万部という絵本にしては
異例のスタートでしたが
発売3ヶ月で23万部の
ヒット作となりました。
(2017年1月現在)
著者の西野さん本人に
様々な感想が届く中で
とある小学生から
「2,000円は高い。自分で買えない。」
という声が届いたそうです。
『えんとつ町のプペル』
を子供にも届けたいのに、
「お金」という理由だけで
届けられない現実がある。
絵本を見たい、
絵本を届けたい
と双方が求めているのに、
それを実現できないのは
お金「なんか」が理由であること
そこに猛烈な気持ち悪さを
西野さんは覚えたそうです。
ご本人のブログの中では
お金が無い人には見せませーん
ってナンダ?糞ダセー。
(モノによっては、
そういうモノがあっても
いいのかもしれません)
と念押ししながらも
「お金の奴隷解放宣言」
と称し
「お金は払える人が払えば良い」
として
インターネット上で
「えんとつ町のプペル」
を全ページ無料化した結果・・・
またまた売上が伸びて
発行部数も増えました
というのが一連の話題の内容です。
詳細を書くとさらに長くなるので
これ以上の詳細は
ご本人のブログやTwitterで
確認してください。
なぜこれが話題になっているのか
その背景も説明しておかないと
いけませんね。
西野さんいわくご自身は
「空気を読めない人間」
らしいので
この件だけでなく
ブログやツイッターなどで
発言されることが
過去に何度も炎上騒ぎに
発展していて
今回も多数ある炎上ネタの
一つに過ぎないという
背景を知っておく必要があります。
さて、前置きが長くなりましたが
これらの背景を元に
絵本の無料化の話題について
僕の感想を申し上げますと
「美しくないなぁ。」
という言葉が一番
しっくりきます。
もともと炎上癖がある
西野さんは炎上するのを
ビジネスチャンスとして
捉えているようです。
要は反対意見があって
世間で叩かれていることは
世間に認知されていることだから
広めてもらっていることでもある
という考えです。
僕が読んだ西野さんの別の著書の中で
作家だったら
自分で作った作品が
子供であるなら
生み捨てるようなことはせずに
最後まで育てなきゃ!
(広く販売しなきゃ!)
と言った内容が
書かれていたと思います。
炎上だろうがなんだろうが
それをやることで
広まる(売れる)なら
炎上くらいは辞さない覚悟が
あるみたいです。
つまり最初から売るために
計算してやったということです。
著書やブログなどに
明確に記載されています。
さて

何がそんなに
炎上する原因に
なっているのでしょう?
世間の人の多くは
無料化して広く認知させる事が
悪いことだなんて
思っていないでしょう。
一般的に古くは食品売り場で
「試食」と呼ばれるものがあり
今ではインターネット上にある
様々なサービスやゲームなど
「無料」で使えるものが
ビジネス上では優位になっています。
無料化が戦略的であることなど
多くの人が知っています。
それが悪い事だ!
などと声を荒げる人は
いないでしょう。
それなのになぜ西野さんだけが
炎上するのでしょうか?
ここで今の時点で言われている事で
他の作品が有料で販売している中で
自分の作品だけネット上で
無料化にすることで
他のアーティストさんの作品も
無料で公開しないといけなくなり
安売りの連鎖が止まらなくなり
他のアーティストさんたちが
食べていけなくなる、
というのがありました。
まぁたしかにそうですが
僕はそれが原因で炎上するなら
理由としては弱い気がします。
西野さんを嫌いな人たちが
炎上させるきっかけとなる理由
としては十分なのか、と
その程度の根拠にしか
ならない気がします。
他の声で
絵本というのは
ネット上で見るようなものではなく
紙媒体で見るから良いのであって
「2,000円では買えない」
と言った子供が欲しかったのは
ネット上でのデータではなく
紙の絵本だから
ネットで無料公開しても
何の解決にもなっていない、
というのがありましたが
これは確かにそうかも!
と思いました。

僕も絵本をネットで見ても
何の価値も感じません。
これを言った人は
いたって落ち着いて
分析していると思いますが
周りが騒いで炎上してるのが
また興味深いですね。
僕はこの絵本が炎上商法で
売れようが売れなかろうが
西野さんが嫌われようが
好かれようがどっちでもいいです。

その一方で「売る方法」としては
つまり販売戦略戦術としては
とても興味深く眺めています。
日本でビジネスをするということは
資本主義という大前提をベースに
商売をしなければなりません。
それをしないということは
ルール違反になります。
法を犯していなければ
違法にはなりませんが
ルール違反として
人から揶揄されることは
大いにありえます。
さて僕の感想は先ほど、
「美しくない」
と書きましたが
それはどういうことなのか。
日本でビジネスをしていく上で
子供が2,000円の絵本が
高くて買えない、
絵本を届けたい人と
受け取りたい人がいるのに
お金という理由だけで
それができないことを
「糞だせー」「奴隷解放宣言」
と言った後、
自分の判断で無料で公開して、
買えない子供たちに
無料で見れるようにして
「払える人が払えばいい」
と一見、美談に聞こえる話に
持っていったことが
美しくないと言う事です。
この絵本を売る為の策略として
炎上商法に味をしめている西村さんが
今回もそれをやってのけただけの話。
決して美しい話ではないのです。
僕は炎上商法が悪いとは思いません。
無料で何かをするというのも
もはやマーケティングの世界では
普通過ぎて何のひねりもありません。
それを高くて買えない子供へ
無料化するという美談に
話をすり替えているように
見させてしまっているところ、
そしてそれだけではなく
この絵本の製作費を
クラウドファンディングという
資本主義ど真ん中を直球で
貫いているシステムを利用して
つまり資本主義ルールを
思いっきり利用して
お金を集めている傍らで
「お金なんか」とか
「糞ダセー」とか
「奴隷」とか
資本主義をベースにした
ルールを卑下した言い方を
しているところ、
さらに
そのクラウドファウンディングで
投資をしてくれている人たちに
何の許可もなく無断で
無料公開に踏み切ったところ
さらに
もし子供の話が本当であるなら
買えない小学生には
とてもいい話なのかもしれないが
逆になけなしのお小遣いを
はたいて購入している
小学生がいたら・・・?
その小学生が
この程度の絵本だったら
ネットで十分だったなと
後悔していたら・・・?
お金がなくて
買えなかった小学生が
とりあえず言ったもん勝ち的に
ラッキーをつかみ取り
西野さんのファンで
なけなしのお小遣いで
どうにか買ってくれた小学生が
もしいたとしたら?

お金を出して買ってくれた
1秒後に無料公開したら?
どっちが
「糞ダセー」
なんでしょう?
何度も言いますが
僕は炎上商法にしても
無料化戦略にしても
モノを売る為の
売名行為だろうが
なんだろうが
自分さえ耐えられるなら
どんな悪口を言われても
文字通り良いと思います。
しかし
自分の考え方と違う資本主義の
ルールに則った人たちを
結果としてバカにし、
クラウドファウンディングで
集めた支援者の声は無視し
炎上させることを計算に入れて
裏では売る為の戦略をもくろみ
お金のない子供のために
美談を装い、一方で
お金を出して買ってくれた
子供たちの存在を無視したことは
やはりそれは、やり方としては
「美しくない」
と僕の感想はそこにたどり着きます。
そこまで徹底して
売る為に何でもやるなら
投資してくれた支援者に
一旦お金をお返しし、
もしくは支援者全員の賛同を得てから
無料公開に踏み切ってもいいと思います。
さらに
すでに絵本を購入してくれた
人たちの中で
返金を希望される方
(ネットで公開されるなら
 購入しなかったであろう人)
その方たち全員に返金してこそ
「お金は払える人が払えばいい」
という意見が
「ごもっとも!」
となるのでないでしょうか?
しかし現実的に
すでに23万部も売れている
となると
それに該当する人たちを
全員見つける事は
不可能に近いです。
逆に言えば
「なんか騙された気分。
 だったら返金して欲しい。」
という人が何万人?何千人?
少なくても何百人いても
おかしくないと思います。
たとえ数百人だったとしても
そういう人たちの犠牲のうえに
成り立っている戦略(美談)など
微塵も美しくありません。
最初から製作費は自分で
用意した方が動きやすかっただろうし
無料化も途中からするのではなく
最初からしていれば
僕は販売戦略としては見事だなぁと
思った一件でした。
ちなみにこうやって
僕も含めて
いろんな人がブログで
書けば書くほど
彼の思うつぼということを
わかった上で書いてます。

なぜならこのブログを読むことで
また興味を湧く人がいるかも
しれないですから。
実は、この件に関しては
上記で表現しているほど
僕自身は感情的になれないので
正直どうでもいい話でも
あるにはあるのです。

ただ販売戦略で見た時に
コンサルタントとして
いろんな注意を促す上で
いい材料だなと思ったので
書いてみたのでした。
p.s.
僕は西野さんのことは
嫌いではありません。
20年くらい前に
新宿の焼き肉屋さんで
バッタリお会いして
お話をさせてもらう
機会がありました。
めちゃくちゃ好青年でした。
「会う」
ってすごいパワーがありますね。
焼き肉屋さんで会った時に
好青年だったから・・・
それ以外の明確な根拠などありませんが
お会いしただけで
好意的な方になってしまう
ものです。
ネットだけに頼るでのはなく
リアルに会うことで得られる
パワーを実体験して欲しいです。

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